2013年3月31日日曜日

病床のプロム・クイーン

プロムをご存知でしょうか?
 プロム(Prom)とは、プロムナード(米:promenade、舞踏会)の略称で、アメリカやカナダの高校で学年の最後に開かれるフォーマルなダンスパーティーのことである。
 高校最後の学年(日本の高3に該当)に開かれるものをシニア・プロム(Senior prom)、最後から2番目の学年(日本の高2に該当)に開かれるものをジュニア・プロム(Junior prom)という。特に卒業時に開かれるプロムはアメリカやカナダの高校生にとってとても重要なイベントとなっている。 (Wikipedia「プロム」)
アメリカのドラマではお馴染みのイベントです。日本で言えば、バレンタインに似たところがあり、素敵な異性のパートナーを捕まえられるかどうかは、アメリカの高校生にとっての一番の関心事。そして、投票によってプロム・クイーンに選ばれることは、女子高生にとって最高の栄誉と目されています。

ケイトリンはプロムに参加できませんでした。大病を患い、集中治療室(ICU)で治療を続ける彼女には、外出許可がおりなかったからです。

そんな彼女のために、友達がとった行動は、集中治療室の隣の病室に会場を設置して、彼女のためにプロムを開くというものでした。
 ICUの横の病室を飾るところから、始まりました。本日の主役であるケイトリンには、すべては内緒で粛々と準備は進められました。

本日のもう一人の主役、ジェイコブ。彼はケイトリンの相手役として、本日彼女をエスコートします。やや甘いマスクで優しげな彼は、たぶん、人望がある男なのでしょう。

プロムは父母や高校の全面的な協力で開催されます。そのため、裕福な家庭の子息が通う高校では、このような儀仗兵役のコンパニオンを雇って会場を盛り上げます。病室のプロムでも、それは再現されました。

会場へ、ベッドで運ばれるケイトリン。

会場は手狭ではありますが、一生懸命に飾り付けられています。日本の文化祭を彷彿とさせますね。豪華さとチープさが同居したイベント、それがプロムです。

ジェイコブはケイトリンにコサージュをプレゼントしました。
コサージュとは、布で作った花飾りであり、プロムではパートナーと選んだ男女が、お互いに贈り合うものとなります。女性は左手首につけるのが慣例となっていますが、ケイトリンはそれをはめず、傍らへと置きました。

彼女へ、人々が窓の外を見るようにうながしました。うながされたケイトリンが、身を起こして窓の外を見下ろしたところ……、


病室に入りきれなかった彼女の仲間たちが、ハートの輪を囲み、彼女を祝福していました。多分、高校のクラスメートたちなのでしょう。

そしてハイライト。彼女がプロム・クイーンに選ばれたのです。高校では満場一致で決まったのだといいます。アメリカの高校生たちの、仲間への思いが伝わってきます。


彼女は、再びICUへと運ばれていきました。闘病生活が、また始まります。彼女が気力を失いそうになった時に、このときの思い出が彼女を支えることでしょう。

病床のプロム・クイーンが、再び元気を取り戻しますように。


★ "Katelyn's Hospital Prom" より


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2013年3月30日土曜日

恋のためには演技をしてもいいじゃない 下

ただ、どこまで嘘をつけばいいのか、その境目は曖昧だ。たとえば職場内で公然とした秘密となっているカラ出張が、ある時を境に禁止事項となり、これに関わったという理由で処罰されるなんてこともある。

それならば、多少損をしても、嘘をつかないことを選択したほうがましだと誠実な人間は考える。それはそれでひとつの選択だ。

むろん、誠実な人間だって、多少は嘘をつくだろう。余命いくばくもない祖母から、
「私はまだ生きられるかな?」
と問われて、
「もうすぐ死ぬと思う」
と答える人間は、さすがに滅多にいない。

ただ、正直でありたいと思う人間は、嘘をできるだけつきたくない。嘘を積み重ねていくことが、やがて習性となることを知っているからだ。

嘘はアルコールのようなもので、つきすぎるとそれが習慣となってしまう。ついには中毒となり、自滅してしまう。嘘が多くて、時には自分がついた嘘を本当だと思い込む人だっている。

それが醜悪だと心底思う人々は、だから、嘘をつくことを極端だと思い、その結果、初対面の異性の前ですら、自分をさらけ出してしまう。

ところが、現在の心理学では、このような行動はその人が考えている以上に、損失を与えてしまうことが知られるようになった。

ある神経生理学者が男性の被験者に2枚の若い女性の写真を見せて、気に入った方を選んで、写真を一度裏返した後に再度ひっくり返して、自分がその女性を選んだ理由を説明してもらう実験を20回ほど繰り返ししてもらった。

ところが、トリックを使って5回に1回の割合で裏返された写真を別のものとすり替えても、被験者はそれに気づかないどころが、先ほど選ばなかった方の女性を指し示しながら、その女性が素晴らしい理由を説明する人が、被験者の3分の2以上もいたということが、橘玲氏によって紹介されていた

同様な話は、『影響力の武器』という書物にも詳しく載っている。

2人のカナダの心理学者が競馬場で調査をしたところ、馬券を買った直後には、買う前よりも、自分が賭けた馬が勝つ可能性を高く見積もっていることが分かったというのだ。

つまり、人間には、自由意志にもとづいて一度選択した物を、その後に正しいものだと思い込もうとする、一貫性を重視する性質があるのだ。

過程よりも結果よりも、まず初対面の印象が大切。それが人間が持って生まれた習性なのだ。それならば、自分のことをまずは選んでもらうことが、何よりも大切だということになる。

まず選ばれること。選んでもらい、その後関係性を深めていくよう努力することが必要だと、普段正直である人でも、考え方を改めてみてはどうだろうか。

よくよく考えてみれば、選ばれてつきあってみないと、相手のことはよくわかるまい。親密な関係となって初めて、相手の性格がよく分かる。相手の性格をよく知った上で、自分の改めるべき性格は改め、長所を伸ばし、相手にずっと好きだと思ってもらえる不断の努力を続ければいいのだ。

そのときには、あなたの正直な性格が相手から好感を引き出すだろう。

一生に一度の大切なパートナーを選ぶチャンスじゃないか。多少の演技をしてもいい、と割り切ることが重要なのだ。

2013年3月29日金曜日

恋のためには演技をしてもいいじゃない 上

世の中には、異性にモテない人が数多くいる。

彼らに尋ねると、
「イケメンじゃないから」
「美人じゃないから」
とか、
「収入が低いから」
などなど、いろいろな条件を理由に挙げることが多いのだが、そのほとんどは、あまり理由とならない。なぜなら、まったく同じ条件でありながらモテている人が確実にいるからだ。

なぜモテないのか。よくよく話を聞いてみると、彼らの「考え方」に問題があるケースが多い。

その一つに、
「ありのままの自分を見て欲しい。初対面では自分を飾りたくない」
という信念の持ち主がいる。

好きな人の前では自分を多少なりとも飾り、演技をして、選んでもらおうとすることを「欺瞞だ」ととらえる人々だ。

友人としてつきあうならば、信頼のおける相手だ。嘘や気取ることが嫌いで、自分をさらけ出し、その結果、自分が損をしてもかまわないと思う人間たち。彼らからは裏切られる可能性も少ない。

ところが、このような人が憧れの異性の前に出るとどうなるか。
「誠実でありたい」
という気持ちが邪魔をして、普段の自分の欠点を、時には誇張してでも相手に見せてしまうのだ。

服装のセンスに自信がないならば、デートの際に敢えて普段着で現れる。
収入が少ないならば、デートの際にあえて割り勘をする。
自分の失敗談ばかりを話してしまう。

……これを「相手に対して誠実な行動だ」と考えてしまう。
それをおかしい、と指摘しても、なかなか治らない。

ただ、それも仕方がない一面がある。
なぜなら、「誠実である」かどうかは、普段の選択の積み重ねだからだ。

日々生活をして入れば、
「嘘をついた方が楽だな」
と思うことが多々ある。そして、バレない嘘は世の中にはたくさんあり、それが自分の利益になることもたくさんあるもの。

友達同士で、「◯◯は嫌な人間だよね」という話が出た時に、◯◯のことを嫌いでなくても、「そうだよね」と相槌を打つこと。
仕事でミスを必ず報告するように指摘されていても、バレない些細なミスは報告しないこと。
「お味はどうでしたか?」と問われて、マズいと思っていても「まあまあです」と答えること。

こういった小さな「嘘」をつく人は多いはずだ。でも、それは悪いことではない。バカ正直にすべてを告げても、損をするのは自分だけ。いや、時には周りを不愉快にすることだってあるからだ。

正直であるように求められ、それをほめられるのは小学生の頃までだ。大人になるとはうまく現実と折り合うことでもある。

(明日に続きます)

2013年3月28日木曜日

もしかしてあなたは「英語ができない人」なのかもしれない 下

昨日は、ディスレクシアについて簡単に説明した。自分とは関係ない話だ……と感じた人が多いだろうと思う。だが、それほど簡単な話では、ない。


日本語では顕在化しにくいディスレクシア
そもそもディスレクシアという障害は何故起こるだろうか。言語処理能力を他人とは異なる脳の部位で行なっているからだろう、という説を紹介たが、これについてもう少し掘り下げてみたい。

人間が文字を使い始めて約5000年。人間の脳は「文字の認識」を始めて歴史が比較的浅い。このため、脳には文字を認識するための中枢領域というものが、実は存在しない。

どういうことか。手を動かすには脳のこの領域、味を感じるのは脳のこの領域、危険を感じるのは脳のこの領域、などと、脳はその使用目的ごとに、部位ごとの役割分担が進んでいる。

ところが文字認識のための専用の部位は脳にはない。脳ホムンクルスと呼ばれる下記のようなイラストを見たことがある人もいるだろう。
脳は、それまで他のことに使われてきた部位を言語理解のために利用しているのだ。

だから、単なる線を、
        
意味あるものとして捉えるのは、
実はたいへん高度な演算処理を、脳内で必要とする。

また、人類共通の脳の構造が生まれた後に言語が出来上がったため、言語ごとに、脳の使用領域は少しずつ異なる。つまり、日本人と英米人とは、脳の中で文字認識のために使用する箇所が異なっている、ということになる。

日本語は、漢字と仮名の組み合わせによって書かれた、世界でも珍しい言葉だ。漢字は「表意文字」と呼ばれ、仮名やアルファベットのような「表音文字」とは異なり、1字1字が意味を有する記号である。

絵を見て何が書かれているのかは、古代人だって分かる。象形文字は、あらゆる文字の始まりだ。人を見て、その人が誰であるかを思い出すような自然で便利な表現形式が、数多くの日本人を識字障害から救っている大きな要因なのだ

"山"という文字を「やま」だと認識するのと、"mountain"という文字の連なりを「やま」だと認識するのはどちらが楽か――起き抜けのぼんやりした頭で試してほしい。

漢字のような表意文字は、意味と言葉とを結びつける経路が、表音文字よりも短くて済む。左脳中前頭回という部分が活発に動くという点で、英語の文字認識とは大きく異なっている。
もちろん、漢字は文字の数が大変多い。それだけ多くの経路を必要とする。けれども、数10個の文字の組み合わせを何万通りと覚えるのと、何万個もの形を覚えるのと、どちらが脳にとって負担かといえば、前者である可能性がある。漢字には、まず音を想起して、その音と意味とを結びつける……表音文字のような2段構えを必要としないからだ。

だからだろうか、中国でもディスレクシアの症状を示す人の割合は、英米圏に比べて少ない。教育を受けた後に識字障害を示す人の割合は、約7%にとどまるという。英米圏の半分だ。

日本語では、覚えるべき漢字の文字数は、中国語よりもはるかに少ない。主な意味は漢字が伝えるけれども、意味を補助する仮名が、漢字をうまくフォローしている。

この組み合わせは、脳にとってみると理想的なのかもしれない。日本人は江戸時代から、欧米人よりも高い識字率を誇っていたことが知られている。それは日本語の特殊性に起因している可能性がある。


英語学習で顕在化する識字障害
ところが、英語学習では、これまで顕在化していなかった障害があらわとなる。
日本語のディスレクシア発現率、5%と英語のディスレクシア発現率、15%。

もちろん推定値であり、研究者によって示す数字は異なる。でも、可能性としては、普段通りに生活できている日本人の10%、約10人に1人が、潜在的な「英語ディスレクシア」であるかもしれないのだ。

日本語で書かれた文章は、上記の理由から読むことができる。でも、英語で書かれた、アルファベットの文字の羅列を、言語として認識することが、その10%にとっては地獄のような苦痛となる可能性がある。英語を習得するために、他人の数十倍、ときには数百倍の時間を必要とする。

それはあなたかもしれない。

あなたが英語を学ぶためには、英語圏のディスレクシアの人々が必要とするリハビリのような、特別な訓練と、とてつもない苦労が必要だとしたら。
「言語能力に問題がない」
「やればできる」
「単なる言葉じゃないか」

こんなことを言われて、真に受けていてはいけない。

第二言語として英語を学習するためには、英語で書かれた文章を理解できないと話にならない。母語のように母親からつきっきりで言語を学ぶ機会は、一生に一度だけであり、文字を読みながら言葉を学ばなくてはならないのに、ディスレクシアの人にとってはそれはあまりに困難だ。

他の勉強を続けながら、あるいは仕事を続けながら、時間をみつけるような悠長なことはできず、時には全てのことをなげうって取り組まなければ、英語は身につかないということになる。

……果たして、そこまでのコストをかけて、英語に取り組む必要があるの?

英語を読み、意味がわからなくても、日本語訳、日本語による解説を読めば理解できるものだから、
「いつかは英語ができるかもしれない」
と思いながら、何千時間も何万時間もの時間と、何十万円というおカネを浪費したとしても、英米圏の小学生レベルの識字能力を得ることしかできないのだとしたら……。

そんなムダなことをする意味はあるのだろうか?


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2013年3月27日水曜日

もしかしてあなたは「英語ができない人」なのかもしれない 上

楽天株式会社の三木谷浩史社長が3年前に発表した「英語社内公用語化」は、社会に大きなインパクトを生んだ。

ただ、いくら一人のカリスマががんばったところで、社会がそれを許さなければ掛け声倒れに終わるもの。ところが、様々な軋轢を生みながら、楽天は英語社内公用語化の看板を下げようとはしなかった。世間からそこまで強固な反発を受けなかったからだ。

これを見習った多くの企業が、雪崩を打ったかのように、TOEICのスコアアップをあからさまに配下社員に求めるようになったようだ。昨年から、大手企業の多くが、奨励金を出したりスコアの報告を社員に求めたりして、社員の英語学習を求めているという実態が「プレジデント」などのビジネス誌や新聞などで報告されている。

この動きにそって、大勢の人が今まで以上に英語学習へ熱心に取り組むようになった。英語教材を買ったり、語学専門学校に通ったりしているのは、ほかならぬあなたかも知れないが、すこし待っていただきたい。

もしかするとあなたは「英語ができない人」である可能性がある。


ディスレクシアという障害
1884年、ドイツの眼科医であるルドルフ・ベルリンによって命名されたこの障害は、日本では「識字障害」などという用語で知られている。

文字通り、書かれた文字を言葉として認識できない障害であり、普段の生活、会話はスムーズに行えるのに、こと、文字を読むことに関しては大変な困難を必要とする症状のことだ。

「知的障害でしょ? 知能の発達に問題があるから、言葉が喋れない人のことだよね」

そうではない。会話は普通にできるし、頭の回転にも問題はない。ところが、文字を読んだり書いたりすることが、圧倒的に下手なのだ。

ディスレクシアの人には、普通の人にはこう見える文字が、
こう見えてしまうという。
特定非営利活動法人 EDGEホームページより

その原因は、まだはっきりしていないが、普通の人が言語処理のために使用する部位とは異なる脳の部位を、ディスレクシアの人々が利用しているせいではないか、などと言われている。

英米圏には何らかの識字障害に悩まされている人が、全体の15%もいるというのだから、驚くほど多い。約7人に1人。

有名人ではトム・クルーズがいる。彼は文字が読めないために、台本を覚える際には、知人に台本を代読してもらったものを録音して、耳で聞き直して覚えて俳優生活をやり過ごしてきたのだそうだ。オーランド・ブルームもまた、ディスレクシアだ。彼は幼少期にどれほど苦労をしたのかを、ロックフェラー大学で語っている。


ディスレクシアは悪いことばかりではない
もっとも、ディスレクシアという識字障害は、悪いことばかりではない。

ディスレクシアの症状を示す人々には、特殊な能力の持ち主が数多くいることが知られている。なぜなら、ディスレクシアは他人と異なる脳の別の部分を言語処理に使用しているからだ。

だからだろうか、他人と発想が異なる。着眼点も異なることが多い。彼らは時には、視覚を音として認識したり、音を聞いた瞬間に色が思い浮かぶような、共感覚という能力を併発していることもある。このために、一般人とは異なる感性を持ち、一般人には及びもつかない発想をすることができる。

ディスレクシアと診断されているのは、上記の俳優だけではない。スティーブン・スピルバーグは2007年、ディスレクシアと診断されたことを学習障害を持つ若者向けのサイト「Friends of Quinn(フレンズ・オブ・クイン)」のインタビューで明かしている。また、小学校を中退したエジソンも、ディスレクシアではなかったか、と考えられている。

人類に貢献する多大な業績を挙げた人々に占めるディスレクシアの割合は、かなり高いようだ。


自分に関係あるの?
さて、ここまでディスレクシアについて説明してきたが、読者の中には、
「識字障害なんて、他人の話だ。自分には関係ない」
こう考える人も多いはずだ。日本語を読むのに、何の支障もない。だから、識字障害は自分には何ら関係のない症状だと。

実際、日本では識字障害者の割合は、程度の低い者を含めても、5%にとどまるという。

ところがこれは、日本語の特性に起因するものである可能性がある。あなたが日本語を使用しているから、ディスレクシアであることが分からなかっただけ、なのかもしれない。

あなたの識字障害が、顕在化していないだけである可能性があるのだ。
(明日に続きます)
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2013年3月26日火曜日

腹を割って話そうとか

昨年の衆院選、広島県の2選挙区の選挙結果が無効という判決が広島高裁で出たそうだが、この結果が議員に与えた影響は大きく、動揺が広がっているようだ。

選挙が終わってようやく本番、施策立案など、議員としての本来の仕事に取り掛かれると思っていたのに、これではおちおち仕事をしていられない。昨年、居住実績がない選挙区から立候補したことがばれて議員資格を剥奪された立川明日香元議員は、様々な方面からバッシングを受けてかわいそうだったが、あのような屈辱を、これからしばらくの間、1票の格差がはなはだしい選挙区の議員たちは味わうことになるのだろう。かわいそうだし、国政にとっては大きな痛手ではないか。

この判決を受けた各党のコメントが出ている。民主党の細野幹事長のコメントの内容が面白くて、くすりと笑いそうになった。
判決に非常に衝撃を受けた。今、議席を得ている衆議院議員全体、さらに、日本が議院内閣制であることを考えれば、安倍政権そのものの正当性に厳しい判断が下された。今こそ、各党が腹を割って話していかなければ、国民から見放されることになりかねない深刻な状態だ。
「腹を割って話そう」
この言葉にピンときたあなたは、『水曜どうでしょう』のファンと見た。北海道テレビ放送の人気番組であり、今では全国区の人気者となった大泉洋他3名の珍道中を描いたもので、根強い人気を誇っている。その中でも名場面と言われているのが、『2泊3日東北生き地獄ツアー』の中で、出演者である藤村氏が放ったこの一言だ。

トークイベントを終えて今にも眠ろうとする大泉氏を深夜に訪問した藤村氏が、

「腹を割って話そう」
と言ったまま部屋から出て行こうとせず、結果、3時まで居座り、翌日5時おきの大泉氏を追い込むのだ。
「腹を割って話そう」
というセリフを使うチャンスは、滅多にないものだけれども、この言葉が持つ破壊力というのは案外凄まじい。

本音を言いたくない相手に、「腹を割って話そう」と笑顔で迫ってくる人間の魂胆は、隠しごとなく話し合って平和裏に物事を解決すること、ではない。俺の言うことを聞けよ、という、要は脅迫だ(もちろん『水曜どうでしょう』はそれを芸として見せているだが……)。

民主党にとっては、選挙無効というこのチャンスを利用して、あわよくば昨年の選挙すべてを無効にしてやりたいという底意地の悪さを感じる。ただ、細野議員は不倫はするけれども根は生真面目な人間だから、このネタを元に自民党を追い込むようなことはしそうもないが。

ただ、再選挙をしたところで、自民党の優位が動くことはないだろう。それでも、短期間での総選挙によって、どのように票が動くのか、この目で確かめてみたい気もする。

それに、このような動揺の中でも粛々と本来業務をなし得るか否かで、その人の力量が問われよう。これからの議員の発言が、お茶の間で眺める分には、面白くなりそうだ。

2013年3月25日月曜日

具体的な説明がないと

NHKの朝ドラマ『純と愛』はかなりの評判をとり、視聴率も良かったようだ。

脚本を担当したのが『家政婦のミタ』を書いた遊川和彦。『純と愛』もまた、登場人物にこれでもか、これでもか、と過酷な運命を与え、ジェットコースターのような栄光と転落の繰り返しをお茶の間に見せつけた。このことが、視聴者に大きなインパクトを与えたらしい。

テレビを観てないのでまったくの想像で書いているのだけれども(あかんがな)、面白そうなドラマだと思う。

ところで私が今回書くのは、このドラマのことではなく、撮影現場の主人公の、とあるエピソードについてである。

平成25年3月22日付の「日刊サイゾー」のネット記事によれば、主人公の夏菜と脚本家の遊川氏との対立はかなり深刻だったそうで、こんなやり取りが現場で行われていたそうだ。
「最初はたしか夏菜さんが風邪で声が出なかったとき。遊川さんが『みんなお前のためにやっている。誰も言わないからオレが言うけど、もっと主役としての佇まいをきちんとしろ』と言うと、夏菜さんは小声で『佇まいとか言われても』って文句を言いながら、その場を出て行ったんです。その後、役の中で両親に挨拶をするシーンで『凛とした感じで』と言われると『凛とって言われても、よく分かりません』と言い返し、これ以降、ぶつかることが増えたんです」(NHK関係者)
この記事では、夏菜のワガママぶりを指摘するようなニュアンスだが、遊川氏の演技指導に問題があるのではないだろうかね。

こんな抽象的な指示をされた方はたまったものじゃないと思うのは私だけ? 曖昧な指導をされても、演技する役者にとっては困るしかないではないか。

だが、この手の騒動が起こるのは、ドラマの撮影現場ばかりではない。みなさんの仕事場でも、よくある話だろう。

仕事ができる上司なのに、具体的な説明はからっきしダメ。部下に対しては抽象的な説明のオンパレード。
「もっとしっかりやれ」
「気合を入れろ」
「もっと分かりやすく説明をまとめろ」
などといった抽象的な指示をして、部下に食い下がって尋ねられても、うるさがってまともに取り合わない上司が、あなたの前にもいるのではないか。

そして、新人の頃は、曖昧で抽象的な上司の指示にあれだけ憤っていたはずなのに、いざ部下を持つ身分になると、抽象的指示を自分もするようになり、それに部下が従えないと、
「あいつはバカだ」
「無能な新人だ。いちいち説明しないと理解できない使えないやつだ」
などと、自分の能力不足を棚に上げて部下の愚痴を言うようになることも、珍しくはない。

これは、人間の脳の構造によるものだと、私は思っている。脳の中で、話を理解するのは「理性」の部分だが、これは直線的で、筋道のたった物事しか意味あるものとしてとらえることができない。物事を細分化して、それを一本の筋道に再構成した上でないと、脳の中へ入力できないのだ。

ところが、出力端子は逆に、抽象的概念を好む。
「ズバッとした」
「ここをガーンと」
などといった、擬態語をよく使用する人も多いと思う。

何故なら私たちが向かい合う現実や物事は、論理的なものではなく、様々な矛盾を含んだ曖昧模糊なものだからだ。いったん論理的思考によって理解した「現実」は、脳内で抽象的な観念へと再び再構築されて、脳内に、より「現実」に近い像を結ぶ。

さて、それを相手に伝えるために、その過程となる莫大な思考の筋道をすべて語ることは、冗長で時間がかかる。適度に抽象化して、それでいて具体的となる説明の匙加減は難しい。「現実」に偏った、抽象的な観念で話すのは楽だし、それの方が「現実」により近い、正確な説明だと話者は信じる。

言われた方は理解出来ない。

たとえば夏菜に対する演技だって、
「凛とした感じ」
などという曖昧な指示ではなく、
「もっと胸を張って、普段よりもゆっくりと、腹式呼吸を意識して、声は張り上げた舞台での発声をイメージして、アゴをやや突き出した演技をしてほしい」
と言えば、もっと分かりやすいと思うのだ。

脚本家であるのだから、遊川氏は言葉の達人だ。ほんの少し手間暇をかければ、具体的な指示ができるはずなのである。でも、それが面倒だからしないだけだろう。

もっとも私も、具体的な説明をついつい怠って、一悶着あることが多々あるため、他人ごとじゃない。このような対立はよくあること。気をつけないと、ね。

2013年3月24日日曜日

最近気になった記事 3/24

最近気になった記事の紹介です。

★ 「携帯履歴提出を」内部告発者捜し…山梨の消防
同本部などによると、男性職員が同市内の観光果樹園でアルバイトをし、副業を禁じた地方公務員法に違反したとして1月下旬に訓告処分を受けた。処分は未発表だったが、地元テレビ局が2月14日に報じたため、楠照雄消防長は翌15日、全職員を集めて「告発者に転職を勧める」と述べたうえ、今月12日には「通話履歴を調査する。行為者以外の職員は身の潔白を証明するいい機会」という内容の文書を配布した。
個人情報を守らなければならない、という機運が高まる一方で、山梨県の消防本部では、内部告発をした職員をあぶり出すために携帯電話の通話履歴の提示を求めるという時代錯誤なことをさせていました。

その後どのようにこの問題に対処するのか気になっていたところ、
★ 東山梨消防本部:携帯履歴問題で消防長が辞職
同本部は22日、提出を指示した楠照雄消防長(60)が21日付で辞職したと発表した。楠元消防長は「職員、市民に迷惑をかけ、深くおわびする。履歴調査は間違いだった」とのコメントを出した。29日付で定年退職の予定だった。
という、あっけない幕切れを迎えてしまいました。この消防長、定年間近なので、マスコミにばれたとしてもいいやと思って敢えてリスクを犯したのでしょうか。あるいは消防庁の暴走だったのかもしれませんが……。

★ ムダ毛処理で性感染症リスク増か、仏研究
ムダ毛はムダ毛でも、いわゆるアソコの毛のこと。欧米では陰毛処理は男女とも当たり前のようで、海外サッカーチームに所属する日本人スポーツ選手はシャワールームで同僚のアソコを見て、一様に驚くようです。普段は邪魔な陰毛ですが、かといって処理をすると傷口からバイキンが感染する危険性があるとのこと。気をつけたいですね。

★ ノンワイヤーの次はノーブラ! Gカップ以下なら形崩れの心配なし
スポーツ中にブラをしていないと、胸の「クーパー靱帯」と呼ばれるコラーゲン繊維の束が激しいジャンプなどの衝撃で切れてしまい、バストが垂れる元となります。

ところが、ブラをつけていると肩こりなどの原因ともなるため、つけてもつらい、つけなくてもつらいというジレンマに陥っている女性が多いことと思いますが、Gカップ以下ならつけなくていいのではないか、ということです。記事元をたどると、イギリスの大学病院がこの手の研究結果を発表していました。最近、イギリス発の下世話で面白い研究結果が多いですね。さすが趣味人の国。

★ イギリス亡命中のロシアの富豪、自宅で謎の死
イギリス警察当局は23日、亡命中のロシアの富豪ボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)氏(67)が、英バークシャー(Berkshire)州アスコット(Ascot)の自宅で死んでいるのが見つかり、「死因に不明な点がある」ため捜査していると発表した。
ロシアにはこの手のニュースに事欠きません。古くはトロツキーなど、ロシアに「これ」と狙われた人物は殺されたり謎の死を遂げたりすることが異様に多いのです。ロシアは、超大国アメリカに対抗できる数少ない国家ですが、このようなことを平然と行うから、今ひとつ信頼されません。残念なことです。

★ 毎日1杯のギリシャコーヒーで寿命が延びる?調査結果
アテネ大学(University of Athens)医学部の研究チームは、島に住む高齢者たちの心臓血管の健康状態と、彼らが毎日飲むギリシャコーヒーに関連があることを発見した。ギリシャコーヒーは、ひいたコーヒー豆を水に入れ、沸騰させて作る。
ひいた豆がそのままコーヒーに入っているのですから、大変濃いコーヒーなのでしょう。

★ アジア人は珈琲飲みすぎにご用心 遺伝子影響で肝機能に負担
という記事もあったので、日本人には当てはまるかどうか微妙なところです。ただ、コーヒー豆をそのまま飲むのが味噌なのかもしれません。全粒穀物が身体にいということはよく知られているところですから。あるいは、1日1杯という適量が、身体にいいのかも。

★ 17年間紅茶を毎日飲み続けた女性、歯をすべて失うはめに
ミシガン州在住の47歳の女性は17年間毎日、紅茶をピッチャー1杯分(約2リットル)飲み続けてきた。しかもティーバッグを100個も(!)使った超こい~状態で飲んでいたのだ。女性はこの5年間で歯がもろくなって、結局すべて抜くはめになり、背中、腰、腕、脚に痛みやこわばりを感じるようになった。
なにごとも程々がいい、ということなのでしょう。

★ 世界で年間18万人が飲み物の過剰摂取により病気を発症して死亡
お酒、清涼飲料水、お茶、コーヒー……世の中には数々の飲み物がありますが、大量に飲み続けて体にいいものなどありません。あるとしたら子供にとっての母乳くらいでしょうか。世の中には業界からの要請で、「これは体に良い!」などと宣伝をする記事が蔓延していますので、専門家の言葉だからといって鵜呑みにしないことが必要です。

2013年3月23日土曜日

同情すれども共感できず

あっぱれ! 朝日新聞(笑) (WAC BUNKO)
2013年1月16日、アルジェリア人質拘束事件が起こり、日揮という会社の社員である日本人10人が死亡した。

死亡者の実名を公表するべきか否かで、マスコミは遺族と揉めた。朝日新聞記者が遺族から「公表しない」という約束で死亡者全員のリストを入手して、遺族の了承を得ずに発表するという詐欺じみた行為を行なったために、新聞社は大きく批判された。

なぜ実名報道が必要だったのか? その理由を、毎日新聞記者などが数名、公表しているのだけれども、「一人の人生を記録し、ともに悲しみ、ともに泣くため」「弔いのため」「日本人全体で考えなければならない事件なのに、匿名では国民の共感を得られないから」などといった曖昧模糊としたことばかり書いているために、逆に人々の怒りの火に油を注ぐ状態になって、ネットではいわゆる「炎上」状態になった。

彼らはなぜ、人々が共感できる意見を公表できなかったのか。彼らマスコミの中の人のことを想像しようとするとき、学生時代にお邪魔した、ある新聞記者のお宅のことを思い出す。

家庭教師のアルバイトの面接のために、ある夏の日に私は、学生支援センターに来ていた求人票をもとに、新聞記者の自宅をお邪魔した。

驚いたのは、贅を尽くした部屋の内装だ。道路に面している部分はさほど広くない一軒家だったのに、中に入ると奥までが深く、外側からは想像できないほど広々としていた。芝生の敷かれた中庭に向けて大きく窓が開口している。
リビングにはだだっ広いテーブルがあり、その上には巨大な銀の燭台が置かれていた。お昼時なので、ロウソクに火は灯されていない。これほど大きな、腕の太さほどもある本格的な銀の燭台を見たのは、テレビドラマ『レ・ミゼラブル』(1978年製)を観て以来だった。

上品な奥様と、かわいい娘がそこにいた。父親である記者は、インドネシアへ出張中だという。

「うちは出世とは縁がなくて貧しいものですから、部屋の中を見せますのは大変恥ずかしいのですが……」

などと謙遜する奥様の感覚に呆気にとられた。

上智大学の帰国子女枠の英語小論文入試対策を求める女子生徒の要求に応えられる自信がなかっために、家庭教師を断ったが、会話は弾み、楽しいひと時を過ごした。お嬢さんからは将来の夢について聞いた。大学を卒業して新聞記者になるのが夢、だという。

「親子2代の新聞記者、お父さんも嬉しいだろうね」
と私は笑って答えた。

ただ、私は心のなかでは別のことを考えていた。新聞記者はバカバカしいほど恵まれている。

社会的に高い地位にあり、滅多にクビになることはなく、筆によって世論を動かし、社会を大きく変革できるという生き甲斐を彼らは持っているはずだ。それは分かっていた。だかその上、これほどの生活ができるほど給料が高いとはね。現代社会で、新聞記者やテレビ局の報道関係者は特権階級だ。

でも、彼女の父や将来の彼女は、貧者や弱者へ同情しながら取材することはできても、共感することができるのだろうか?

冒頭の、アルジェリア人質拘束事件に話を戻そう。実名報道の結果分かったのは、殺された日揮の社員10人のうちのほとんどが派遣社員だったという事実だ。日揮の正社員よりも派遣社員の給料は高かったのだろうか? そんなことはあるまい。

とすると、一番危険な場所で働いているのは派遣社員で、本社で安全に過ごしているのが正社員ということになる。一番不安定で給料も安い立場の人間が、故郷から遠く隔たった土地で殺されるという不条理に怒りを覚えるのが普通ではないか? そして、それが今の日本の日常になっていることに、さらに腹が立たないのか?

……新聞記者たちがそのような論説をはることはなかったように思う。それを指摘するのならば、同じく新聞社内で働いている派遣社員はどうなんだ、ということになる。弱者の境遇に同情しても、その立場に立ったことがないならば共感はできない。だから怒りが湧いてこない。

その上、今や新聞社の社内構造自体が、批判すべき対象の矛盾を具現化した存在だ。たとえば高齢者を優遇して若者を阻害する社会を批判したくとも、新聞社自体が多数の高齢者によって支配されているから筆は自ずと鈍くなる。

日本の矛盾を批判することが内部批判と受け止められかねない、それが日常茶飯事となっているだろう。そして、共感から出発したはらわたからの怒りは湧き出てこないから、それを突破する情熱もない。

結果、報道の自由の根拠として述べる理念が、人々の共感を誘うようなものではなく、漠然とした当たり障りのないことばかりとなる。

昔は、新聞記者といえば、弱者の立場にたって権力者と戦う正義の味方、というイメージが、まだしもあったように思う。

あれは……戦争の影響だったのかもしれない。

太平洋戦争後すぐには、日本人はみんな、貧しかった。なにしろ裁判官が物資不足で餓死していた時代だ。三菱の社員が食料買い出しのために田舎へ着物を抱えて汽車に乗って遠路を何往復もしていたのだ。誰もが飢えと隣り合わせで生きていた。だから戦後すぐの世代は、みなが同じつらい記憶を共有していた。

だが、25年で1世代とするならば、戦後70年が経った今は3世代目となっている。

貧しかったときの記憶がなく、貧しいことがどれだけ惨めなものなのか、教えてくれる親もいない、3代目が、今の新聞社、マスコミに大勢、巣食っている。

今のマスコミ側の人間の価値観に最も近いのは、取材対象であり、監視対象であるはずの権力者たちだろう。そんな彼らに、弱者に共感して、社会の矛盾を暴き出そうという怒りが湧いてくるだろうか?

だから、マスコミが世間から叩かれる、という逆転現象が起こるのだ。そもそも市民感覚があれば、市民の反発を招いたり炎上事件を起こしたりするはずがない。ある程度の常識があれば、防げる事件ばかりだ。多数派の市民感情を汲み取るべきマスコミの人間が炎上事件の的となるのは大変恥ずかしいことだと思うべきなのに、マスコミにその自覚はないだろう。

弱者の味方のふりをして記事を書こうとしても、ピントがずれた記事しか書けない。何のために報道しているのかを説明もできない。事実を暴きだしてもそこにどんな問題が潜んでいるのかも指摘できない。

そして、指摘できたとしても、強者である自分のクビを締めることになるのでそれ以上の報道をすることができない。それが今の大新聞の記者たちなのだろう。

2013年3月22日金曜日

最近気になった記事 3/22

春も盛り、花見の時期となりました。桜の花が美しいですね。桜吹雪に誘われて、週末は花見に行きたいですね。まだまだ肌寒いですが……。

★ 結婚に向かない男・女5つの共通点
結婚に向いていない男の言動5パターン
・極端にこだわっている趣味やコレクションがある(=自分の世界がありすぎる)
・デートコースはいつも同じでいい(=企画力がない)
・家族の話をいっさいしない(=家庭内のコミュニケーション能力に欠ける)
・やたらと気前よく仲間におごりまくる(=自信がない、金銭管理ができない)
・眠るときにうつ伏せになる(=保守的で生真面目。他人のミスが許せない傾向にある)
結婚に向いていない女の言動5パターン
・片付けをするのが趣味(=神経質で他人にイライラしやすい)
・母親ととても仲がいい(=自らの家庭を作ろうとしない)
・買い物や海外旅行で散財しやすい(=金銭管理ができない)
・「みんなと同じでいい」が口癖(=自分の意見がないにもかかわらず後で文句を言うタイプ)
・胎児のように丸まって眠る(=他人に対する警戒心が強い一方で、依存心が強い) 
自分が当てはまっていなくてホッとしました。


★ ネットがある種の人々から奪ったもの
物知りな人が、ネットのせいで尊敬されなくなったというのは、悲しいですね。
イギリスの報道によれば、お年寄りの多くが子どもや孫に尊敬されなくなったという感じていて、その理由は、必要なことがあればネットで調べられるから、なのだそうです。

たしかに、知らないことがあれば「誰かに聞け」ということが減りました。


★ 医者もすすめる瞬間仮眠法「マイクロスリープ」で眠気解消
これはいいですね。一眠りをすることで、あたまがスッキリとすることはよくあります。教は昼休み時間に、アイマスクをして寝てみようかな……。


★ 競馬配当「脱税」裁判、JRAに問い合わせ殺到
男性は2007~09年、馬券購入に計約28億7000万円をつぎ込み、計約30億1000万円の配当を得た。国税庁は通達で、競馬の配当を「一時所得」に分類し、必要経費として控除されるのは当たり馬券購入額だけとしている。男性は裁判で、外れ分を含む馬券の購入総額を経費として認めるべきだとし、無罪を主張している。判決は5月23日に言い渡される。
よく、パチンコで家を建てた! などと宣伝する芸能人がいますけれども、もしも当り馬券購入額だけが経費となるならば、パチンコしてトータルで買っている人のほとんどは、潜在的な脱税者となってしまいます。国税庁の見解を許せば、警察は賭け事をしている人のほとんどをいつでも「脱税容疑」で逮捕できることになってしまいませんか?


★ 昆虫 昔はもっと羽があった
多くの昆虫は4枚の羽を持っていますが、昔はもっと多くの羽があり、それが進化の過程で体の一部に変化したことが名古屋大学のグループが行った遺伝子の研究で分かり、昆虫の進化を解き明かす成果として注目されています。
四枚以上の羽をどうやって使っていたのか、気になります。


★ 前コーチは寝技練習で口ふさぎ 虫の死骸近づけた
園田前女子柔道コーチの醜聞が、これでもかというくらいに出てきます。それにしても虫が嫌いな人間に虫の死骸を近づけるなんて、どこまでバカなのか。そして、それを身近に見ていながらおかしい、間違っていると考えない人間が国会議員になっていることに、暗澹たる気分となります。

さらにはこんな記事も紹介されています。
★ 「家畜」「ブタ」「ブス」柔道女子への暴言、ここまで…

 「叩かれないと動けないなら家畜と一緒だ」「消えろ」「能なし」「ブタ」「ブス」。報告書は園田隆二前監督らによる侮辱的発言を認めた。
よく全柔連は、このような人間を世界最高峰の柔道ナショナルチームの要に据えましたね。よほど人材が不足しているのでしょうか。



★ 解明! 運がない人は、なぜ運がないのか

 自分の損得ばかりを考えて行動する利己主義者は、正直者を出し抜いて一時的には得をします。が、長い目で見れば必ず損をする運命にあります。
 それは、人間の社会には次の3つの原理が存在しているからです。
という分析が面白い記事でして、それぞれになるほど、とうなずけるものがあります。
 (1)互恵不能原理
利己主義者は排除される。
(2)暴露原理
利己主義者は必ず見破られる。
(3)集団淘汰原理
利己主義者が栄える集団はいずれ衰える

本当にこのようにうまくいけば一番いいのでしょうが、世の中、それほどうまくいかないと思うのです……。

2013年3月21日木曜日

「場」と「空気」の違い

佐々淳行(さっさあつゆき)という評論家がいる。元警察官僚で、内閣官房内閣安全保障室長という要職を歴任、過去にはあさま山荘事件の解決などに尽力した、有能な人物だ。

題材には事欠かない。さまざまな事件の裏面に関わった人物であり、頭がよく度胸もあるから、在任中のエピソードが豊富だ。その上文章にユーモアがあふれているので、小説を読むよりも異常に面白いエッセイや評論文を読むことができる。

彼の体験談の中に、香港のカジノの日本人と外国人の振る舞いが異なる、という分析があった。彼が香港総領事館領事も勤めていた頃に、カジノに出入りしながら感じたことだという。

カジノでは「ブラックジャック」というトランプを使った賭け事が人気だ。このゲームについて詳しく述べると退屈だろうから、イメージをつかんでもらうために簡単に説明するに留めたい。

テーブルに一人の胴元がいて、複数のプレイヤーがその周りを囲む。胴元が自分も含めてトランプを一枚ずつプレイヤーに配っていく。手札の数字の合計数が21を超えず、21に一番近くなるようにカードをそろえたら勝負を胴元に挑む。胴元に声をかけ、その時点で胴元の手札よりも合計数が多ければ、プレイヤーが勝つ、というゲームだ。
一見、プレイヤー対胴元の、一対一の勝負のように見えるけれども、そうではない。他のプレイヤーに配られたカードの一部はテーブル上に見えているため、胴元の持ち札の合計数は、他のプレイヤーの手札、表情を見ることで、予測することがある程度可能となる。

だが、それだけではなく、プレイヤー同士が連携をすれば、胴元の裏をかくことができるという。もちろん、イカサマをすればカジノから永久追放となるが、そうではなく、プレイヤー同士が暗黙の了解のもとで、言葉を交わさずとも、お互いに協力し合えば、胴元を陥れることが可能なのがこのゲームの醍醐味となるのだそうだ。

つまり「場を読む」ことが必要となる。

ところが、これが、日本人参加者が圧倒的に下手だったらしい。欧米人や中国人が、プレイヤー同士の暗黙の了解のもとで、胴元から(カジノから)協力しておカネをふんだくろうとするのに比べて、日本人プレイヤーは「自分だけが勝てばいい」という態度でふるまうものだから、日本人がテーブルに加わると、一斉に舌打ちが響くのだという。

著者である佐々氏は、外国人は他者と陰で共闘することがうまい、という結論を出していたけれども、それならば、日本人だって同じだろうと当時思ったものだ。「空気を読む」ことは日本人のお家芸ではなかったっけ?

海外では「旅の恥はかき捨て」的に、日本では考えられないような無作法な行為をしたくなるのはわかるけれども、カジノで空気を読むのは、自分のためになることなのだ。お互いに協力しあって「最大多数の最大幸福」を目指すことは、カジノに数回通えば、日本であれだけ空気を読むことを強制されて、もはや天性となっている日本人の多くは、その場の空気をすぐに理解できるのではないのだろうか?

昨今も、イジメだの何だのといった、日本の同調圧力に関する議論が盛んだ。そこでふとこのエピソードを思い出したわけだが、ふと、日本人の「空気を読む」ことと、賭博場の欧米人や中国人が「場を読む」とこととは似ているようで異なるのではないか、ということに思い至っった。

日本人は、身内の中では同調圧力は非常に強いけれども、逆に「外」の人間には甘い。「お客さん」が間違った行動をしても、大目に見るのが日本流だ。ウチとソトとを峻別する、というのが一般的だろう。

ところがここからは、「外人」「お客さん」と線を引いた異物と、協力し合おう、という意思は生まれない。価値観を共有しない人間とも暗黙の内に共闘して、利益を得ようとすることもない。

異民族に囲まれ、絶望的な状況の中で生き延びてきた欧米や中国の人々には、敵の中にも協力できる人物が必ずいるから、その相手と手を携えよう、という考えがどこかにある。価値観は異なっていても、欲望は人類普遍のモチベーションだ。金を稼ぎたい、社会から認められたい、などの欲望を必ず相手が持っているものと信じて、死中に活を求めようとする弱者の高度テクニックだ。

「空気を読む」とは、組織の中の上下関係の中に自分を位置づけ、周りの期待に応じた振る舞いをして周囲の感情にひたすら配慮する行動だ。だが、「場を読む」とは、もっと大局観からものごとを見ていくことである。

自分の利益にフォーカスしつつ、組織という枠組みにとらわれず、日本社会全体、あるいは世界に目を配る。この大きな世界の中でどのように行動すれば、時には組織を利用してでも、自分が一番利益を得ようと冷静に判断することだ。

そして、「場を読む」ことに徹すれば「空気を読む」ことなく生きていくことができる。

「空気を読む」ことが嫌で嫌でたまらない人は、日本でも多いだろう。それはこのブログを読んでいるあなたなのかもしれず、あなたは人知れず悩んでいるかもしれない。組織の中の不合理な不文律(お局様に気を使わなくてはならない、会議で正論を言ってはならない等)に拒否反応を示す人々にとって、日本は生きにくい社会だ。

だが、その性分をあなたは今さら、変えられまい。

だが、空気を読めないから組織の中で生きていられない、と決めつけるのは早計だ。ある時に、自分が異分子であるというあきらめに似た諦観を持ったのならば、「この状況をどのように利用し、世間とどのように関わっていけば、逆境を利用することができるのだろう?」という方向で、今の自分の立ち位置を考えなおしてみてもいいのではないか。

2013年3月20日水曜日

最近気になった記事 3/20




★ 足が速いおばあちゃん(89歳)、毎朝豚肉を食べていた
沖縄でも長生きの人が多いのは、彼らが豚肉を食べていたからだという調査結果が報告されたことがあります。中国人にも長寿の人々が多いようですし、豚肉は健康に大変いいのでしょうね。
ちなみにこれが守田満女史がテレビに出た時の映像です。

毎朝シャブシャブ用の肉を4枚、欠かさず食べるそうです。
★ 子宮頸がんワクチン重い副反応 中学生、長期通学不能に
怖いですね。病気にかからないためのワクチンが、障害の原因になるとは。
厚生労働省によると、昨年8月末の時点で、全国で接種した延べ663万5千人のうち956人に副反応が起きているという。失神が多いが「四肢の運動能力低下」「歩行不能」などで未回復の例もあり、副反応の発生率はインフルエンザワクチンの10倍程度という。
それ、射ったらあかんやん。

★ ピロリ菌までも死滅させられる驚異の蜂蜜があった!
胃がんの原因となるピロリ菌ですが、保険の適用があるとはいえ、わざわざ医者に行くのは面倒なので放っている人も多いはずです。そんな人々に朗報です。
数ある蜂蜜のうち、なんとピロリ菌までも殺菌することができる「マヌカ」という蜂蜜が今、日本で非常に注目を集めています。
マヌカハニーは、傷ややけど、口内炎の治療に使われたり、虫歯・歯周病予防、胃腸疾患改善、ピロリ菌退治などの薬効があるといわれています。例えば、おなかの調子が悪いときに小さじ2杯くらいのマヌカハニーをそのままなめるだけで、20分後には治ってしまうという事例も確認されているのです。

いいですね。

★ 膨らませて水をかけるだけでコンクリート住宅になる“コンクリートキャンバスシェルター”が登場
これは便利ですね。急いで寒冷地に住居を設置しなければならないときなどに重宝しそうです。ただ、使い終わった後は廃棄処分するしかなく、コンクリートの廃棄物の処理に大変な労力を要しそうですが……。

★ 金具を使わない矯正治療「インビザライン」

マウスピース矯正は最新の矯正治療で、透明なマウスピースを使用して歯を移動させることが可能となりました。
透明な素材なのでマウスピースを装着しているのは見えませんし、食事やお仕事など必要に応じてご自分で取り外すことが可能です。

子供の頃に歯列矯正をしなかったために、おとなになって悩む人が多いようです。でも、この方法ならば、今からでも矯正ができるはず。希望を捨てないで、頑張りましょう。

★ 3日もらえれば、やってもいない殺人容疑の自供も確実に取れるんだよ

本人に検証が不可能な時間を踏み台にして、「さっき君がトイレに立った時に聞いたんだけれど、みんなずいぶん君のことを嫌っているみたいだね」とささやいてみせるのが、相手の意識に侵入を試みるときの入口になる。(中略)自供を得るということは、とくに冤罪の原因になってしまうようなそれは、被疑者との論理ゲームと言うよりも、むしろ人間の脆弱性をついてその人の記憶に書き換えを試みるような技術であって、真実の有無はある意味どうでもいい。

日本の警察は、これだと目星をつけた被疑者に自白を迫るのが大変うまい人種です。PCメール遠隔事件で冤罪犯を何人も生み出したことで、彼らは真実の追求を2の次としていることが明らかになりました。現在犯人と目される人物の取り調べ状況も、暗証に乗り上げている模様です。

★ また冤罪を作るのか
★ PCなりすまし事件冤罪だったら刑事も記者も全員クビです

これをきっかけに、日本の警察も変わればいいのですが。

2013年3月19日火曜日

行きずりの情事は心理的負担が大きい

Microsoftの創業者の1人のパルマーという男は、ハーバードの学生寮の女子大生全員と男女関係にあったと自伝にて豪語していた。アメリカの学生寮では、相手を頻繁に変えた一夜限りの関係がごくごく当たり前のように行われるようになっているそうだ。その文化が、社会人の間でも広がりつつある、という。

キンゼイ研究所の研究者であるジャスティン・ガルシアとニューヨーク州立大学ビンガムトン校との合同チームは、(中略)欧米では出会ってすぐに男女関係になるという文化が最近の社会人の間に浸透しているという事実を明らかにした
アメリカの状況は相当ひどいもののようだ。

前述のガルシア氏によれば、行きずりの性行為には2つの心理的な問題点があるという。
① どれほどメディアで「一夜限りの恋はすばらしい」と宣伝をしようとも、その行為を自分自身がおこなった後には、自己嫌悪に陥る可能性が強いこと。
② 特に女性には、この種の行為が合意のもとではなかった、という気持ちが強いこと。ほとんどは薬物のために判断力が鈍った状態で一夜限りの行為が行われていたこと。
そして、頻繁にパートナーを取り替える人々の満足度は低く、自尊心も満たされず、鬱病などの精神的疾患を示す割合が高かったという。

サルを見てみても、メスがパートナーとなるのは群れで一番能力のあるボスザルだけ(例外はあるが)。人間の女性だって同じで、女性は特定の男性とだけ、そのような関係になりたいと望むもの。

ところが今の文化では、メディアは常識と異なる情報を売るために、人間の飢餓感を刺激してそのような行為を助長している。

外部情報に左右されやすい女性は、煽られて軽率な真似をする。仕事だけではなく、恋愛も男性のようにがんばれとマスコミに煽られる。

しかし、女性の本能にとっては頻繁なパートナーチェンジは抵抗感が大きい。だから、アルコールなどの力を借りなければ思い切った行動に移れない。そして覚醒後、必ず後悔をしてしまう。その後悔を打ち消すために、さらにアルコールなどを使用する。悪循環だ。

ただ、上記の記事にも書かれているように「一夜限りの恋」に嫌悪感を抱く男性も多い。結局のところ、不特定多数の異性と性交渉しても、精神的に十分な満足を得られない。人間は、誰かから認めてもらいたい、という社会的欲求が大変強いけれども、不特定多数の人間から短期間に多く愛される経験が特定の人から長期間愛される経験に代替されることはない。

選んだ相手が暴力的な人間だったり、自己中心的だったり、嘘をついても謝らない相手だったり、よほど自分の価値観から外れている相手ならば、急いで別れて他の恋を見つけるべきだが、そうでないならば、まずは腰を据えて、できうる限り永続的な関係を維持するように努力した方がいいだろう。

2013年3月18日月曜日

リクナビにはブラック企業求人が多い

リクルートについて、

★ なぜリクルートは、ブラック企業を次々量産してしまうのか?

という面白い記事が書かれていた。

リクナビのような就職斡旋業にとって、ブラックな企業、業界ほど大きなお得意様だ。自然と彼らがつきあい、退職後に利用できる人脈は、求人広告を何度も出さざるを得ないようなブラック企業が多くなる(朱に交われば赤くなる)。リクルート特有の体育会的酷使文化と相まって、リクルート出身者が起業する場合はどこもブラック企業となってしまう、という話である。一理ある。

私が学生時代、一時期リクルートでアルバイトをしていたことがあった。

和気あいあいとしていた。同時に、仕事ができない人間への誹謗中諸が大変多い職場でもあった。この印象は、社会に出て様々な会社を見てきた今でも変わらない。

「おい、お前仕事できねえな」
「いい加減に仕事覚えろよ」

という怒鳴り声がやたらと多い。と、同時に、お互いを役職ではなく「◯◯さん」と呼ぶフラットなところが同居している不思議な社風だった。

社員に何度か飯に連れて行ってもらった。その時の話によれば、、リクルートには早期退職制度があって、30代で辞めれば1000万円、40代で辞めれば2000万円がもらえるという。

昔の話なので、今では若干異なるのかもしれない。ただ、それを嬉しそうに話す社員にどうしても馴染めないものを感じた。
(若い時間だけをいいように使い捨てにされてるだけなんじゃないか?)
リクルートは決して就職先には選ばないでおこうと固く決意した。

彼が営業職時代の話も聞いた。受話器と左手をガムテープで括りつけられる。休憩時間以外はずっと電話をかけ続けなければいけなかったためだ。

どう考えてもブラックだったし、当時もアルバイトにも関わらず与えられる仕事量は大変多かったのだが、上下関係にうるさくなく風通しは良く、その上頭の回転が早い人が多くて居心地は良かった。

リクルートが一時期、人材の宝庫などと評されていたのは、全近代的な社風の企業が多かったあの時代に、フラットな雰囲気を社内に持ち込み、封建的で抑圧的な方法ではなく、民主的な手法で会社を運営しようとする先取制にあったように思う。

だが、やはり全体的に体育会的で、近年流行りのマッキンゼー的な、ゴリゴリにロジックでものごとをとらえ、理詰めで説得するという方式とは根本的に異なっていた。マッキンゼーや外資系金融機関の台頭と、そこ出身者の活躍によって、リクルートの人材銀行としての陰が薄くなってしまったのは、いたし方なかったのかもしれない。


2013年3月17日日曜日

ホリエモンは変わらない

尖閣諸島をめぐって日本と中国のつばぜり合いが続いているが、それについて堀江貴文が次のようなことをほざいているということが耳に入ってきた。

★ 「尖閣あげちゃえば」のホリエモンが「中国の挑発に乗るな」

発言の趣旨を要約すると、中国と日本では「命の値段」が異なり、戦争で日本を攻撃することにためらいはない。「尖閣諸島をあげればいい」という以前の自分の発言は正しかった、というもののようだ。

不愉快極まりなく、嫌な気分だ。彼のこの発言と、彼の経営姿勢、いや生き方すべてに、共通して流れているのは、共感と想像力の欠如、その場しのぎ、そして無責任である。

尖閣諸島をめぐる領土紛争を家の敷地争いにたとえると、猫の額ほどのわずかな土地をめぐって、家の当主同士が、
「ここの庭は私のもんだ」
「ふざけるな! 登記簿をよく読め。ここが俺の土地だと書いているだろ?」
という争いを続け、仲の良かった子供同士が一緒に遊ぶこともためらわれているようなものだろう。

それでも家どうしならば、民法や不動産登記法などの法律を基準にして解決することが可能だけれども、国際間の領土紛争を解決するための強固で詳細な国際法はないために、解決までの道程は遠い。

領土問題は大きなトピックだけれども、たとえば貿易交渉などで国家間の小競り合いは日常茶飯時にある。彼らの交渉史などを読むと、ほんの些細な譲歩が、その後の国家の大きな損失を生んだ例が数多く出てくる。だから彼らは、小さなこと、些細な事にこだわる。だから、尖閣諸島がどれほど小さいことだろうと、「小さいから上げてしまえばイイ」といういい加減な考えが彼らから出てくることは、まずない。

だが、概してプロとはそんなものだろう。門外漢からすれば些細に見えることやくだらないことに、とことんこだわらないとプロとは言えないし、プロとして大成しない。

門外漢は彼らのこだわりを理解することは出来ないが、想像して共感することは可能だ。お互いの細かなこだわりを理解し、尊重することで、日本のような高度な社会システムは崩壊せずに秩序を保っている。

ところがホリエモンには、想像力を働かせて共感しようとは決してしない。他人からすればくだらなく見えるこだわりを、くだらないものはくだらないものだと一刀両断にしてみせる。専門家から、
「黙って見ていろよ」
と疎外されてきた多くの人々は、それに喝采を送る。沢山の人々から得た金銭的支持、あるいは応援をバックに既得権益に切り込むという手法が、彼のやり口だ。

ただ、小さなことにこだわらないシステムは必ず破綻をする。ダムもアリが開けた巣穴から崩壊することがあるように、そこにいるプロのこだわりを理解しないままそのシステムを手に入れても、そのシステムが命脈を保つことはない。

その時ホリエモンはどうするか? 未練を見せずに捨ててしまうのだ。己に養分だけを吸収して、あとは責任をとらずに、利用だけして次の獲物へと向かう。言わば悪い意味での焼畑農法の体現者だ。

将来がどうなろうと、彼はあまりこだわらない。「今」が大切なのだ。人々の欲望を刺激して自分に注目させて、金を集めて肥え太ろうとする姿勢は、悪党そのものなのだけれども、本人の明るいキャラクターのために、悪どさが際立たない。

冒頭の尖閣諸島の問題においても、とりあえず今をしのげればよくて、その上で戦争反対論社や中国支持者からは確実に利益を得ることができて、なおかつ細かなことにこだわることがバカバカしいと思う彼の生き方からすれば、領土を与えるということは当然の結論となる。

共感性・想像力の欠如、将来への無責任を表明していながら、欲望追求に貪欲で適度にストイック、明るい性格とビジネスセンスを同居させたキャラクターは彼以外にはいない。不思議なキャラクターで魅力的ではあるのだけれども、彼の口車に乗って踊れば、いずれ地獄を見ることになるだろう。

2013年3月16日土曜日

記事のアップ形式を変更

(俺じゃありませんよ。)
2月14日から1か月、毎週月曜日と木曜日にYahoo!USAから面白そうな記事をみつくろって、翻訳してきましたが、どうも、テーマが散漫としていて面白そうで面白くありません(泣)。

そこで、来週から、月曜日と木曜日の翻訳記事の定期掲載という形式をやめ、また、ちょいと新たな形式にチャレンジしてみたいと思います。

ってか、先日アップした苫米地御大の記事がやけにページビューが多いんですよ。特に大したこと書いていないのに。この ブログを呼んでいる人は、苫米地氏に興味ある人が多いみたいで、その週の中では突出してるんですよね。

……ということは、ブログを読んでいる方々は、やっぱり脳機能アップとか、自己啓発とか、そっち系の記事を求めているのでしょうか?

実際のところ、私も嫌いじゃありません。

でも、自己啓発……つまり、幸せになるための方法というのは、それほど複雑なものではありません。バランスのとれた栄養、適度な睡眠と運動、バランスのとれた考え方、瞑想の習慣、環境を変えること、変えられなければ環境を替えること、自分自身を知って自分の長所を活かせる仕事に就くことなど……。何百というテーマで書けるものでもありません。

テーマをしぼってしまいますと、語ること、紹介する記事のネタ不足なども重なりまして行き詰まるのではないかと心配です。

でも、1年以上ブログを更新してみまして、その年令、今でないと語れないことがその時々に出てくるということも分かって来ました。

人間いかに生きるべきか、というテーマで多くの本を読んできましたし、蓄積したものを紹介したがら自分自身も学んでいくというのもありかな……と考え直しました。

いつやるか?
今でしょ?!……詳細は"盛り上がってますねー「今でしょ!」"をご覧ください


ということで、これからライフハック系の記事が多くなってくるかもしれません。

2013年3月15日金曜日

ネット中毒から脱出しよう!

先日ネットから離れなければいけない、という記事をアップしました。
ネット中毒はどうやら多くの人にとって死活問題となっているようでして、

★ 当てはまると危険!インターネット依存症の兆候10個

という記事もまた、多くの人からブックマークされ、関心の的となっていました。皆さん、危機意識を持っているのでしょう。
(1)気がつくと、思っていたより長くネットをしていることがある
(2)ネット中に、そろそろやめようとしても、やめられないことがある
(3)誰かと過ごしたりするよりもネットを選ぶことがある
(4)やるべきことがあっても、先にネットをチェックすることがある
(5)ネットのために仕事や勉強の能率や成果が低下したことがある
(6)ネットで新しい仲間を作ることがある
(7)日々の心配やストレスがネットをしていると落ち着くことがある
(8)ネット中にジャマされると、イライラしたり怒ったりしたことがある
(9)もしネットがなければ、生活は退屈でむなしく、つまらないだろうと思う
(10)普段の生活でも、ネットのことばかり考えていることがある
(9)以外のすべてに当てはまる私は完全なネットジャンキーなので、これは危ない!

依存症の克服は、意思力をいかに操作するか、という精神制御に密接に関わっています。だからこそ、私はケリー・マクゴニガルの書いた「スタンフォードの自分を変える教室」にとても感銘をうけたのでしょう。

彼女の本には、意思力がいかに失われやすいのか、それを維持するためには工夫が必要であることなどが、数多くの事例とともに詳細に説明されています。実行しないと宝の持ち腐れになりますね。

ネット中毒から抜け出すためには、脳のチューンナップをしなければなりません。そのために最も適切なのが、瞑想です。この本では瞑想の重要性を盛んに説いていたのにもかかわらず、私、寝床で瞑想すればいいやとだんだんとズボラに考えるようになりまして、最近では寝る前に呼吸を数えるだけでお茶を濁していました。

でも、いつの間にやら眠ってしまいますし、それによって集中力がついたようにも思えませんでしたし、なによりネット中毒から抜け出せていません。一時期ネットがなくとも平気だったのに。

やっぱり、瞑想は座ってやらねばダメですね。寝ながらやれるのならば、禅宗の坊主はみな寝ながら瞑想を行うでしょう。さまざまな試行錯誤の果てに「只管打坐」があるという事実を私は忘れていました。

明日から瞑想を再開しましょうか。

2013年3月14日木曜日

made in USA復活なるか

一度衰退した産業が復活を遂げることは難しい。日本でかつて隆盛を誇った繊維産業のうち、低品位で安価なタオル製造などは、ほとんど中国へ生産拠点を移してしまい、その結果、日本の産業は、ほぼ壊滅状態となった。

ところが中国で人件費が上がり、これまでのようにタダのように安いタオルを購入できなくなっても、もはや日本では製造工場もノウハウも流通機構もないために、今更改めて作ることができない。いずれ、以前日本の生産地から購入していたのと変わらない値段で、もっと質の悪い商品を、中国から購入しなくてはならない、というバカバカしい未来が待っているのだろう。

時代の流れは急激だけれども、労働力の育成には時間がかかる。だから、ただ安いからというだけで他国からの輸入に頼りきり、自国の産業を潰してしまうと、その産業が人々の生活に密接に関わっている場合に首根っこを押さえられてしまうようなものだから、のちのち他国の人間から経済を牛耳られ、政治的に大きな影響を及ぼされてしまう、という可能性がある。

なんでも自分だけで自己完結し、他人との交流を断ち切る人間は嫌われてしまうけれども、逆に他人に自分の全てを預けてしまう人間は、他人から支配される危険性がある。「独立自尊」の標語はグローバル社会からの圧力の強い今だからこそ、より重要になっている。

グローバリズムの牽引車であり、世界一の強国であるアメリカが、今変わろうとしている。豊かで在り続けることを求め続けた結果、国内産業が空洞化してしまい、貧しい人々に富が行き渡らなくなり、格差がありえないほど広がっている。支配こそ免れているものの、自分で立てずにいつか崩れ落ちてしまうのではないか……危機感を持った人々の意識が、変わり始めているようだ。

★ 'Made in the USA' Making a Comeback
 奇妙な動きがアメリカの消費者の中で見られるようになった。大勢の人が、商品を裏返し、ラベルを確認して、
「アメリカ製かどうか」
 を確認して購入するようになったのだ。
 国内最大の小売業者であるウォルマートは今年初め、今後10年間で、アメリカ製のものを500億ドル調達すると発表した。ゼネラル・エレクトリックは、国内の家電事業を活性化し、1,500人以上の雇用を生み出すために2014年までに10億ドルを投資する予定だ。
(中略)
 何年もの間、中国の工場で生産をする最も大きな魅力は低賃金の労働力にあった。しかし、輸送費や関税、工場設備の費用のような輸入に関係する様々な費用の高騰、そして世界的な生産状況の変化によって、もはや中国には依存できなくなった。
 国内生産は一方で、快方へと向かっている。新規受注が増加し続けているため、米国製造業部門の成長度数は、今年2月で一年半もの間最高記録を続伸している。
「米国製造業の支出面での競争力は増加している」
 と、コンサルタントの1つであるブランドロジック社のセルッティは語っている。
(後略)
この記事についての人々の反応は次の通り。
"これは素晴らしいニュースだ。私が若いころ、フィッシャープライスのおもちゃ工場で働いていたんだ。みなさん、アメリカはかつておもちゃを作っていたんだよ"

"質さえよければいいことだよ。リーバイスの質がもっと良くなってくれればいいんだけど!"

"企業も政府もアメリカ人の労働者を守らない。自分で守らないとな"

"ホームヘアカット用品が欲しくなった時に、1つは20ドルの中国製のもの、もう1つは39ドルで保証書のついたアメリカ製のものを見つけたの。私はアメリカ製を買ったわ"

"俺はいつもアメリカ製かどうか確認しているよ。最近では珍しいけどね"

"間違いなくアメリカ製のものを買うべきだが、それよりも重要なのはアメリカ人を雇うことだ"

"俺のアメリカ製のクラフツマン社の工具はコレクターズアイテムにもうなってしまったな。クラフツマン社の工具は中国で作られるようになったの買わなくなったよ"

"GEが新しく1,500人雇うだって? 冗談だろ? GEは多分、メキシコで働くメキシコ人トラック運転手を増やすだけだろうね。GEは北米自由貿易協定(NAFTA)に参加していて、何年もの間、アメリカの労働者を解雇して外国人に職を与え続けているんだから。"

"アメリカで作られたアメリカ人の服がほしい"

"今まで読んだ中で一番愛国的な記事ね。私を笑顔にしてくれたわ。隣人を助けることにもっと積極的にならないと"

"ウォルマートは昔、アメリカ製のものだけを仕入れていたんだ。製造部門をアメリカに戻してくれるだけて、国内経済のためになるよ"

"いいことだ。長年アメリカ製のものといえば、銃と弾だけだったからね"

"みなさん、アメリカ製の自動車、冷蔵庫、洗濯機、乾燥機、食器洗い機を買ってください。アメリカ人が家具や布、靴やその他のものを作れば、それは市場の中で、アメリカ製品に対する需要を増やすのに役立つんですよ"

"仕事がないのは悪いことじゃないと決めたんじゃなかったっけ? 国がまた騙しやがったのか?"

2013年3月13日水曜日

身を守るために

職場で暴力を受けてから半年」という記事を読みまして、どうにも腹がたってなりませんでした。この青年は、今も同じ職場で、ひたすら我慢をしているのでしょうか。

私もこの手のブラック企業に勤めていたことがあるので、彼の境遇には非情に同情します。こういったブラックな職場の共通点は、弱者を身動きの取れない状態にしておいてから、ジワジワといたぶることに、構成員たちがなんの痛痒も感じていないところです。

タイで飼われているゾウは、子ゾウの頃に捕まえられて、まず杭にロープでつながれるそうです。子ゾウの力ではびくともしない杭の前になすすべもなく、やがてゾウは、成長し、杭を引っこ抜けるほど力を蓄えた後ですら、逃げることをあきらめて大人しく小さな杭に縛られたまま一生を追える……という話を聞いたことがあります。
 でも他ののほほんとした跡継ぎ連中と違い、苦労して苦労して今の仕事に就いた私には、経てきた苦労が重すぎるために今の職業をほうり出す事なんてとてもできない。
他のやつらより苦労し努力し現職に就きそして今なお我慢し続けている私が一切報われず斯界から放り出されるなんてそんな事は絶対に許されない。何より私が許さない。
彼の職場は、もしかするとテレビ制作会社か何かかもしれません。力仕事のために体育会系が大勢生息しながら、クリエイターの職業として大変人気がある、そんな職場ではないだろうかと想像しています。こういう職場では、得てして要領の悪い人間が爪弾きにされ、ストレスのはけ口とされるものです。

記事にはいろいろなコメントがついています。労働基準監督署に行けばいいとか、訴えればいいとか……。でも、もしもこの彼が、この業界でこれからも生きていこうと思うのならば、訴訟を躊躇するのが当たり前です。訴訟後にこの業界で転職をしようとしても、どこも雇ってくれない、という危険性は間違いなくあるでしょう。ブラック業界というのは、横のつながりがとても強く、ギルド内の掟を破った人間にとことん容赦しないところがありますから。

それに、役所はほとんど動いてくれません。弁護士の無料相談にも行っても、彼らは金にならない相談にのることは消極的で、親身になってくれることはめったにありませんでした。

息の詰まりそうな閉塞感の中からブレイクスルーしたある人のことを、ふと思い出しました。
平成生まれの資格王が教える光速の暗記・勉強法
平成生まれの資格王が教える光速の暗記・勉強法

この本の著者である永野氏は、中学高校とイジメられながら、その中で「資格をとること」に活路を見出しました。勉強法よりも、私は彼の生き様に共感をしました。Amazonレビューでは酷評されているようですが、彼らは人生の中で絶望を感じたことがないのでしょうか? 皮相的な見方が多いようです。

最初の記事で紹介した青年は、職場にいて地道に仕事をするだけでは活路を見いだせないでしょう。精神をすり減らし、やがて自滅するのがオチでしょう。永野氏のように、なにか武器を他にもつことに努力を向ければいいのですが、彼の周りにそのようなアドバイスをしてくれるよき先輩はいそうにありません。

もちろん、永野氏のように100以上もの資格を身につける、というのはあまり現実的ではありませんが、たとえば、体を鍛えて筋肉という武器を手に入れるだけで、職場の環境はかなり変わるものです。

ちなみに私がその経験者。ブラック企業の影響下を完全に離れることができたのは、チンニングマシーンを通販で購入して、日夜筋トレを続けたおかげだと思っています。大学を卒業後、スポーツから遠ざかっていた私はかなり痩せていて、そのためにブラック企業のボスの迫力に精神的に呑まれていたのだろうと、今になって思います。

逃げること。それが無理だと思うのならば、舐められないように知識を蓄えること。時間がかかりそうならば、手っ取り早く身体を鍛えること。ブラックな環境で自分の身を守るには、いろいろな方法があるものです。



2013年3月12日火曜日

孤独はロボットが癒してくれる

寂しさは人間にとって避けがたい苦しみでありますが、寂寥感を感じた時に、それを癒してくれる人が必ずしも私たちの側にいるとは、限りません。

恋人や家族、親友の代わりになってくれるのがペットです。でも、世話をするのが大変ですので、気軽に飼えるものではなく、ある程度の心構えが必要です。

ロボットのペットはどうでしょうか? 食事の世話も排泄物の処理も必要なく、お手軽ではありますが、一昔前のロボットは友達というには性能的に劣り、友達代わり、ペット代わりとまではいきませんでした。 

ところが最近は、かなり高性能なロボットが現われています。それがこのミミクリーペット。

この存在を知らなかった私がこのペットの魅力を知ったのが、この動画を見た時です。
運転しながらときどき独り言を言う運転手。それに反応するミミクリーペット、流れる景色、明るい日差し……カッコいい!

いい年をしたおっさんが、幾度となくミミクリーペットに話しかけ、それにペットが答えるシーンもかわいいのですが、さらにこのミミクリーペットの魅力を最大限に引き出したのが、警察の尋問に反応する様子と、それに大爆笑する男性の押し殺した笑顔でした。

すべてが、私のツボにはまりました。

これはイイ( ・∀・)イイ!!

"mimicry pet"で検索すると、いろいろな動画が出てきます。日本にとどまらず、人気は世界に広がっているようです。日本の玩具がこれほど世界の人々から愛されるのを知ると、嬉しくなります。しかも、どの人形もかわいいのです。



お値段も2,000円強なので、それほど高くありません。



アマゾンで「ミミクリーペット」で検索すると多種多様なものが販売されていて驚きます。タカラアーツさん、商売熱心ですね!

わざわざ調べるのが面倒だ、という人のために、いくつかピックアップした写真を下記に掲載します。クリックすればそれぞれのページに飛びますよ。



2013年3月11日月曜日

マザー・テレサ、ディスられる

昔、NHKに鈴木健二という名物アナウンサーがいた。

彼はアナウンサーとしても有名だったが、『気くばりのすすめ』という本を書いて大ベストセラーとなり、作家としての地位も確立した。一放送局のアナウンサーの本が400万部以上売れるというのは、今の時代には信じられない話だろう。

「鈴木の本は必ず売れる」
という評判を得たため、様々な出版社から類書が次々に出るようになった。

なにしろ彼の座右の銘が、
「多くの人は日記を書く、それならば私は原稿を書く」
というものだったから、原稿を書くのは全く苦ではなかったようだ。数多くの著書をものにしてきて、100冊は雄に超えるのではないか。

そのほとんどは自己啓発書のようなものであったが、いくら博覧強記の人とはいえ、次第に内容が似かよったものになってきたのは、仕方がなかったといえる。

もっとも重複しているのは、彼にとって思い入れのある内容だったから重複していたともいえるのだが、その中でもどの本にも必ず書いていたことの一つに、
「自分の尊敬する人」
についての記述があった。

「私の尊敬する人は二人いる。一人はドイツのシュバイツァー博士、もう一人は架空の人物シラノ・ド・ベルジュラック」
という、アナウンサーの名調子そのままで、いかにこの2人が素晴らしいか、子供の頃に読んだ彼らの物語がどれだけ鈴木少年の心を揺さぶったのかを、事細かに描き出すのだ。

……ところが鈴木氏が定年を過ぎた頃から、シュバイツァー博士のアフリカでの評判が決して芳しいものではないことが、日本でも知られるようになってきた。

Wikipediaには次のような記載がある。
 日本の児童文学者寺村輝夫が伝記『アフリカのシュバイツァー』で記しているように、実はアフリカ現地での評判は決してよいものではない。
 自らの神学思想を現地の文化より優先し、また同時代の知識人たちの大半と同様に白人優位主義者の側面を持っていたことも事実である。現に、シュヴァイツァーは「人類皆兄弟」の標語を唱えながらも、あくまで白人を兄、黒人を弟として扱っていたため、アフリカの一部の保守階層を中心に、ヨーロッパの列強の帝国主義・侵略戦争・植民地支配のシンボルと見なしている者も少なくない。
シュバイツァーの悪評が世に知られるようになった後に出版された、著書の中の鈴木氏の狼狽ぶりは大変なものだった。現代は、偶像否定があまりに度を越している、人々から尊敬されてきた人間を貶めることはもう止めてほしい、ということを切々と訴えていたのだ。

哀れに思うと同時に、
「著書の中で散々旧世代を否定してきたあんたが、時代に復讐されたんじゃないのか?」
と思ってやや鼻しらむ思いがしたものだ。

とはいえ、長年尊敬してきた人間の醜聞を聞くのは悲しい。しかし、偶像をそのままにするよりも、真実を明らかにすることは、より現実に根ざした社会をつくり上げるために必要な行為だ。

所詮人間は、それほど聖人君子ではいられない。いや、聖人君子として名を売っている人の多くが、マーケティング戦略のために、そのような仮面をかぶっていることが多い。そのことを明らかにしていく人々の営為によって、虚飾に惑わされた人々が、他人のものではない自分自身の人生を歩みはじめるよすがとなる。

★ Was Mother Teresa actually sort of a jerk?
 敬愛されてきた修道女が、思われていたほどは貧しい人々のために役立っていなかったという新しい研究が発表された。
 カトリック教会がマザー・テレサを、長年の間待ち望まれていた聖人として正式に承認する可能性は高い。
 しかし、宗教的研究誌『修道女』に掲載された新しい研究によれば、昨今のマザー・テレサの高い評判は、人気低迷に苦しむ教会がそのイメージを刷新しようとしたほとんど誇大広告に等しいものである、というものだった。
 マザー・テレサの最大の罪とはなにか? 『タイムズ・オブ・インディア』によれば、それは、
「病人の苦しみを癒す代わりに、彼らが苦しむことを祝福して世話をする、といういかがわしい方法」
 だという。
 研究者たちはどのようにして、この物議を醸す結論にいたったのか? カナダの研究者のチームが約300もの資料を調べたところ、資金は不足していないにも関わらず、「死を待つ人々の家」のようなマザー・テレサの517の場所で、衛生基準が劣悪で、医薬品や物資、治療が足りていなかったことが報告されたのだ。この告発によれば、彼女の所属する組織である「神の愛の宣教者会」は寄付によって何百万ドルもの金額を受け取っていたにも関わらず、である。
(中略)
 また、論争の的となっているこの報告では、バチカンがテレサの聖人認定を人気回復の手段のために、カトリック当局が列福を後押しし、彼女の「奇跡」を否定する証拠を無視しているとも指摘している。
 こうした扇情的ともとれる発見が記されているにも関わらず、研究者たちは、マザー・テレサを汚すつもりはないと主張し、「彼女が、貧困に苦しんでいる人々を真に救い、貧困や孤独の原因を解決しようと活動している多くの人道主義者たちに影響を与えてきたことのようなこと」にも触れている。しかし「メディアのマザー・テレサに関する報道はもう少し正確であるべきだ」とも訴えている。(後略)
このニュースに対する人々の反応は様々だ。反発する人、攻撃する人、そして現実を受け入れようとする人、あるいはこれが何の問題があるのだろうと開き直る人々……。

私は後者で、彼女の考え方は一つの価値観として尊重されるべきだし、彼女がいなければもっと悲惨な目にあってきた人々が、それよりは、はるかにマシな状態で死を迎えられるようになったのだからいいではないか……と思うのだが?
"本当の利他主義は、賞賛を求めないためにほとんど気づかれない"

"貧乏人の役に立つ人で、世間で言われているほどもっともらしい人は誰もいないね"

"彼女はだらしのない経営者だった可能性がある。彼女が大豪邸に住んでいなかったことはみんな知ってる。それに86歳で亡くなるまでほとんど毎日働いていた。もしも私が80年代にいたとして、インドの医療問題を解決できただろうか?"

"彼女が亡くなってどのくらい経つのだろう? 生き返って欲しいと思う? 最近他人のために何をした?"

"それじゃこれからは、マザー・テレサをののしることになるわけ?"

"彼女は世間知らずだったのかもしれない。"

"皮肉にも、「主流」メディアが、死んだ独裁者のチャベスを持ち上げて(別のYahoo!記事に、そのような記載あり)、マザー・テレサの思い出を攻撃する日がやってくるなんて誰が思っただろうか?"

"Yahoo!の何が問題か? チャベスを持ち上げ、政治家ジョン・ケリーを称賛する記事を書き、マザー・テレサは愚かな人間だったという物語を広めるところ。Yahoo!はあらゆるものを曖昧にすることが目的なの?"

"豊かな国で何かする上では、ワイロがつきものということを、彼らが選んだ結論じゃないの?"

"これからマザー・テレサをほんの少し悪く描こう。何も言うことはない。どんなことでもいいんだ"

"ロイターの次の記事では、オサマ・ビン・ラディンが子供と子犬にどれだけ優しかったかを書くんじゃないの?"

"おいおい、マザー・テレサを攻撃しているよ? だれでもいいのか?"

"マザー・テレサが助けた人々は道端に捨てられて死んでいくはずだったんだよ。彼女に苦しみを取り去るために何が出来たと言うんだ? ほとんど死にかけた人々にとって、彼女は文字通り「人のぬくもり」だったんだ。「本当の」人生ではほとんどの人が味わったことのない優しさだったんだ"

2013年3月10日日曜日

文化的なホームレス生活

昭和50年前後の頃の話です。来日したあるアメリカ人の政治家に、日本人が質問をしました。
「日本で印象に残ったことはなんですか?」
それに対してアメリカの政治家は、
「びっくりしたことがある。日本ではホームレスが新聞を読んでいたことさ。これには驚いた」
と回答しました。

この話をとある講演で聞いたのは、昭和60年前後だったでしょうか。その頃はモノ知らずだった私は単純に、
「日本人はホームレス(当時は浮浪者と呼ばれることが多かった)でも新聞が読める! 日本人はスゴイ!」
としか考えなかったのですが、今になってこのエピソードを思い返しますと、そんな単純なものではないことが分かります。

① 当時のアメリカでは、識字階級ならば失業することがないほど、社会が豊かだった
② 当時日本はバブル前だが、それでも識字階級がもホームレスに落ちぶれることがあった
③ 日本には、ホームレスでも興味のあることが新聞に載っていること

このブログの読者は、私よりも頭の良い方々が多いためもっとたくさんのことを瞬時に思いつくかもしれませんが、私が思いついたのはとりあえずこの3点です。

①に関して言えば、知識階級が職を失うことがざらにある今のアメリカでは、ホームレスが新聞を読むようなことは当たり前となっていることでしょうし、②に関しては、高度経済成長期とはいえ、戦後日本はかなり貧しい時代が続いていた、ということが言えるはずです。

③に関して言えば、日本の大変スノビッシュな世相を反映している、と言えるのかもしれません。当時の情報入手の一番のメディアである新聞には、ありとあらゆる情報が満載だったのです。ある面で社会を論じているかと思えば、別の面では夫婦の夜の営みについて解説していたり……。こういった娯楽性が日本の特徴で、上流階級と下層階級が断絶していないのが日本の長所ですね。

もっとも、文字が読めるホームレスの読んでいた新聞とやらは、朝日や読売のようなお固い新聞ではなく、スポーツ新聞や競馬新聞の類かもしれませんが……。

ただ、新聞を読む、という行為は、単に「文字を知っている」ことを意味するだけではなく、知的好奇心を働かせる、精神的な余裕がその人にあることも、同時に示しています。

現在、都心部では、ホームレスの姿が当たり前のように散見されます。長引く不況に、公共事業が減った結果でしょう。でも、彼らを観察してみてください。ほとんどの人々は、ボンヤリと時間を過ごし、新聞を読んでいるような人々はほとんどいません。ゴミ箱で新聞くらいすぐに見つかりそうなものなのに、彼らは文字を読みません。たぶん、生きていくことで精一杯だから、読書をしたいという精神的欲求が湧いてこないのでしょうね。

私だってあなただって、いつホームレスへと身をやつすかわかりません。人生、何が待ち受けているかわかりませんから。でも、最底辺にあってさえ、新聞を呼んだり、あるいは装いに凝るような、精神的余裕を持ち続けていきたいとは思います。それが教養というものだと信じています。

彼らを眺めながらそう考えるのですが、同時に、
「そんなこと、無理じゃないか」
とも思っていました。最底辺な生活をしながら、文化的な生活を追求する余裕。それは果たして可能なのか?

それに対する応えを先日見つけました。私にとっては、この一枚の写真は衝撃的でした。
どこぞの公園に勝手に住み着いたホームレスのテントのようです。
手入れの行き届いたテントは、白を貴重としながら薄汚れていません。定期的に掃除しているのでしょう。周囲には松ぼっくりをしきつめています。そしてドアに窓ガラスを使う贅沢。廃屋から持ってきたのでしょうか? 軒先に置いた人形、壺、どれも道端に捨てていたものを持ってきたのでしょう。すべてゴミだったものを組み合わせ、魅力的で簡易的な日本庭園を作り上げています。

お金はほとんどかかっていないでしょう。廃棄物と自然物を利用して作り上げながら、とても上品で、洒落ています。不遇な境遇を恨むのではなく、楽しんでしまおうとでもいう、この強靭でしなやかな精神!! 脱帽しました。

豊かな家に生まれながらも、自己改革を怠り、ずぼらな生活、汚部屋と呼ばれるような生活に甘んじている人々がいます。そこに教養はないでしょう。それよりももっと豊かな精神が、この「家屋」にはあるような気がしてなりません。

最底辺の人の最上級の文化的生活。苦しい時、この写真をみて、私は勇気をもらっています。

2013年3月9日土曜日

イジることは愛情じゃない

愛情表現がまだ下手な小学生くらいの男子がよくやる過ちに、
「好きな女の子を思わずいじめてしまう」
ことがありますね。

その子が好きなのに、それを素直に表現することができません。一番気になるのが周りの目、でしょうか。友達にそのことがバレて、
「お前、◯◯のこと好きなんだろ! けっこん! けっこん!」
などとはやし立てられたら……と考えただけで、恥ずかしくて死にそうになります。でも、その子のことが気になってしょうがありません。自分のことを考えていてほしい、自分を振り向いてほしい、でも、好きだとは周囲にばれたくない。

そんな葛藤の末、取る行動が彼女をいじめてしまうという謎の行動です。小学校2年生の頃に好きな子がいた私の場合、彼女を好きだということを口に出せずに、彼女の机の引き出しに、口に含んだ水をみんなの前で吐き出す、という突飛な行動をとってしまいました。彼女は泣いていました。あのときの彼女は、まだ私のことを覚えているのでしょうか? そして、私のことを許してくれたでしょうか……。

子どもたちは、恋愛や性に大して妙に潔癖なものです。何故でしょうね?

もしかすると、思春期前の子供が、充分に身体が発育する前に性行為を行わないようにするための、本能的な自衛行動なのかもしれません。

そこからの延長でしょう。好きな人のことを「いじる」という愛情表現を、社会人になっても見せる人々がいます。

・好きだからこそ、からかう
・好きだからこそ、文句を言う
・好きだからこそ、怒鳴る

それの行き着く先は「好きだからこそ、殺してしまう」という阿部サダじみた猟奇殺人犯なのですが、
阿部定事件(あべさだじけん)は、仲居であった阿部定が1936年5月18日に東京市荒川区尾久の待合で、性交中に愛人の男性を扼殺し、局部を切り取った事件。事件の猟奇性ゆえに、事件発覚後及び阿部定逮捕(同年5月20日)後に号外が出されるなど、当時の庶民の興味を強く惹いた事件である。
それは極端にしても、歪んだ愛情表現を当然だと思っている人々は、今になっても多いものです。この記事を読んで「あるある」と思わず頷いてしまった人、多いのではないでしょうか。
ここでやっぱり一番問題なのは、イジってる側は愛情表現しているつもり、イジられる側はけなされてると感じて落ち込む、この食い違いだと思うのです。
そもそも「けなすことで愛情表現」というのが狂ってるように私には感じられるのですが、これは男友達のような奴に限らず、実は一部の女にも見られる行動。
人間には「支配欲」というものがありますから、けなすことで相手を困らせ、支配下に置いて優越感に浸りたい、という欲求を持つ人も多いのかもしれません。

この手の勘違いをしている人は、社会にたくさんいます。特に関西系の芸人に多いですよね。罵倒されたり頭を叩かれたりして泣きだしたタレントに、
「イジられることはおいしいんだ、と思わないといけない」
と芸人が説教する姿が、よくテレビで放送されませんか? 特にダウンタウンの浜田当たりがよくそれを言います。ダウンタウンに関わる人間に、この手の説教をする芸人、多いですね。

あれを観るたびに、私は苦虫を噛み潰したような不快感が腹の中に広がります。お仕着せがましい説教に、うんざりします。なぜ思ってもいないことを思えと強制されるのか。納得出来ない感情を押しつけられるのか。それは思想の自由の侵害だろ。なぜ大げさに言えば憲法違反になるようなことを公共の場で、堂々とこいつらは主張しているのか、とね。

「からかわれることは、大変不愉快なことだと思う。でも、そのことによって世間の同情が集まれば、あなたの人気も上がる。メリットとデメリットを比較して、メリットがあると思えばそれを利用すればいい」
という、こちらの気持ちに共感した上でのアドバイスならまだ分かるんですよ。イジられることは嫌なことだという共通認識が、そこにはありますから。

昨今ではよくサドだ、マゾだと言って人間を嗜虐と被虐の関係性に落としこみ、どちらかにカテゴライズしようとするのが流行りですが(これを言い始めたのもダウンタウンでしたね)、勘弁してほしいものです。

ちなみに、阿部定事件。満佐喜(まさき)という待合(今のラブホテル)のあった場所は、現在の東京都荒川区西尾久2丁目7辺りなので、お近くの方は散歩がてら周囲を散策するのもいいかもしれません。

2013年3月8日金曜日

ネットから離れなければ+最近気になった記事 3/8

ネット依存の恐怖―ひきこもり・キレる人間をつくるインターネットの落とし穴
ネット依存の恐怖―ひきこもり・キレる人間をつくるインターネットの落とし穴

高校生の頃マンガの立ち読みにはまり、大学ではマンガ喫茶に連日通いつめ、社会人となった今ではネットサーフィンの虜となった私。好奇心の強い人間にとっては、ネットはマンガ以上に中毒性があり、言わば麻薬のようなものです。

仕事で一日中パソコンと向き合い、帰宅しながらスマートフォンをいじり、帰宅後5時間はネットサーフィンをするという立派なネットジャンキーである私には、そろそろダルク入所が必要なのかもしれません。

長時間のネットサーフィンが麻薬中毒者と同じ症状を引き起こす可能性を、イギリスの大学教授が示唆していました。

 英スウォンジ大学では平均年齢25歳のボランティア60人を募り調査を行った。心理学部のPhil Reed教授によると「被験者の約半数が想像以上にネットにハマっており、それが彼らの今後の人生に好ましくない影響を与えるのは必至」と眉をひそめている。
 調査の結果、インターネット中毒も薬物中毒も大差なく、長期にわたるうつや衝動的不服従、自閉症を誘発する可能性があると専門家は警鐘を鳴らしている。
大学構内でたった60人を相手に行なったアンケート結果のような実験なので、あまり当てにはなりませんが、たしかに、一日中座り続けて目から強い光を脳に向けて照射するこんな生活が、身体にも精神にもいいはずはありません。

この記事をみて、恐怖感を持ちましょう。みなさんに健康に関心をもってもらうきっかけになればと思います。……まずお前が改めろって?

ちなみに、私以前"「JINS PC」を見てきた"という記事にて、
パソコンを朝から晩まで使っていますと、目の疲労感が半端ではありません。鈍痛というのでしょうか、眼の奥が鋭く痛み、肩が凝ってたまりません。
と書きました。本来ならばネットから離れられれば一番なのですが、それは理想論。理想論を振りかざして現実を見ない人間は、現実をよりよいものに変えることは出来ません。
人間、妥協も必要ですし。

まずは次善の策として、目を守ることが先決だと昨年末にようやく決心しまして、JINSと似たコンセプトのPC用メガネを手に入れました。

断言します。これは買いです。このメガネを付けて2ヶ月、あれほどひどかった眼の奥の鈍痛から完全に解放されました。

驚くほどの効果に自分が一番驚いています。このことは、また改めて報告したいと思います。

※Amazonは度なしなので、普段度付きメガネを使用している方は店舗でお買い求めください。

さて、最近気になった記事はこちら。↓

★ 欧米の赤字削減が無用な悲劇を招いている
 (イギリスの)連立内閣のメンバーは、倹約のパラドックスという言葉を1度も聞いたことがなかったのだろうか? 
 経済をさらにひどい不況に陥らせようと思っているのでなければ、国内の民間部門と対外部門が支出を減らしている時には、公共部門はどんなに頑張っても、支出の削減に成功することは期待できない。
赤字を削減するためには、収入のアップと支出の抑制の2つの方法がありますが、支出を削減すれば国民におカネが行き渡らずに税収が減り、収益が悪化します。放漫経営はいけませんが、かといって倹約がうまくいくとも限らないのが家計と経営の事なるところです。ムダを排して必要な部門へ資金を振り分けつつ、新たな産業を育成して税収アップを図る、という気長な作業が必要ですね。

★ がんばりたくても力が出ない時に...カフェインの代わりに体に効くものアレコレ
コーヒーは眠気を覚ましてやる気を出すための必需品です。しかし、口が臭くなるので、あまりいい方法ではありません。カフェイン以外でも、プロテインだとかビタミンBもいいんですね。

★ 米18歳少年が小型原子炉を考案、発電量は「10万世帯分」
この18歳の少年、もしかして天才なのでしょうか……。
以前核融合炉を住宅街で開発しようとしていた少年が、今度は小型原子炉を考案したというお話です。ほんとうかよ……と思わず突っ込んでしまいます。

こういう自己喧伝屋は、得てして偽物であることは多いようです。あの天才発明家として名高い中松義郎ですが、実はフロッピーディスクの発明者でもなんでもなく、関連した特許を持っていたたために、IBMが日本でフロッピーディスクを販売する際に、アイデアが抵触しそうなので、万が一のことを考えて彼にアイデア料を払っただけだとか。

この少年の周囲の大人たちが、彼を利用しようと目論む詐欺師でなければいいのですが。

★ 27日のNHK「クローズアップ現代」はチンドン屋以下
最近NHKの偏向報道が大変問題となっています。今回、レアアースの価格がここ1、2年で大暴落しているにも関わらず、NHKはそれに一切触れることなく、レアアースが品薄であるかのような報道を垂れ流しました。レアアースが値下がりしているのは、門外漢の私ですら知っている事実なのに、NHKはそれを完全無視、ですか。

★ 葛飾北斎が釈迦の生涯を描いた異彩の仏伝画「釈迦御一代記図会」
北斎がどれほど凄い天才なのか。この絵を見ただけで伝わってきます。圧巻とはこのこと。特に2枚目の浮世絵は、一度下絵を描いた後、閃光の部分を大胆に削り取ったのでしょう。その思い切りの良さが常人離れしています。

★ 「毒入りネズミ」を空から2000匹散布へ、外来種のヘビ駆除で グアム
鳥類を狙うヘビの駆除が目的だそうですが、ネズミの肉を食らうのは、ヘビだけではなく、当然肉食の鳥のエサにもなるはずです。本当に大丈夫なんでしょうか?

★ 座っている時間が長い人は糖尿病リスクが高いことが判明
糖尿病……一番かかりたくない病気の1つです。1度かかると二度と治らず、一生インシュリンのお世話になるとか、ほったらかしにしていると下半身が壊疽するとか、失明するとか、さまざまな疾患に苦しめられる半生を送ることになりかねません。これを防ぐためには運動や立ち仕事が効果的だそうです。

★ 賢い! ペットボトルにつけて使えるキャップ式鉛筆削り
これ、いいですね!
ペットボトルは日常にあふれかえっていますし、規格が統一されていますから、これを容器として利用する様々なグッズがこれからも開発されていくでしょう。その中でも、鉛筆削りに変えてしまうというこのアイデアは、いつもゴミ箱を探すハメになる全国の鉛筆利用者にとって福音となることでしょう。

2013年3月7日木曜日

6歳の性同一障害


日本では男と女の区別がそれほど強くないけれども、欧米では、男性は男性らしく、女性は女性らしくあることが、強く求められる。いわゆる文化の違いだが、日本では想像できないほど、その意識は根強く通底している。

そのこだわり、老人の偏見、抵抗感、保守派の主張などなど……欧米の人々の持つ男女観の固陋頑迷ぶりを想像したければ、日本の「上下関係」のに思いを馳せるのが一番てっとり早い。相手が自分よりも上か下かを瞬時に把握して、それに見合った行動を求められる……いわゆる「空気を読む」ということがどれほど私たちにストレスを感じさせるのか。そして、それでも何故それが、文化的に支持されているのか。ここを想像すれば、欧米人の男女区別に対する意識とその問題の根深さを理解できるのではないかと思う。

日本の人間関係のやるせなさにげんなりしている人は多いだろう。相手の立場が上だったら、いろいろと文句とつけつつも、最終的には必ずこちらから折れなければならないし、逆に相手の立場が下だったら、かなり図々しいことでも受け入れてもらえると信じて疑わない。私はこの手の文化が大嫌いだが、日本で何千年もの間に培われた文化なので、そうそう変わらないだろうというあきらめを持っている。

この悪癖の成立には、日本語という言葉が大きく影響しているというのが私の持論。文化人類学者や社会評論家が大勢、この手の説を語っているので、もちろん私のオリジナルではない。

欧米系の言葉は男性名詞と女性名詞の区別に厳しい。このことが、男女の別にうるさい文化を形作った。敬語や丁寧語の区別にうるさい日本語が、上下関係にうるさい文化を形作ったのと同じように。この考え方には、たしかに納得できるものがあるように思う

たとえば韓国も日本と同様に、敬語が発達しているという。だからだろうか、上下関係は日本と同じように厳しいという。

フランス語やイタリア語などに比べれば、男性名詞や女性名詞の区別にうるさくない英語ではあるが、それでも人間を指す時に、「he」と「she」の区別には大変厳しい。なにしろその間となる言葉が一切ないのだ。日本で誰かのことを指す代名詞は、「あの人」「あいつ」などが多用されるかもしくはその人の固有名称や役職を使用するのが普通だ。

「彼」「彼女」はあまり多用されないし、それを多用すると、翻訳調と言われる不自然な日本語となることからも、彼我の差がわかろうというものだ。

文化に根ざした悪癖と、近代のフラットな人間関係とをどのように融合していくのかは、各文化がそれぞれ解決していかなければならない問題なのだろう。欧米では性差の問題がたびたび話題となり、日本ではイジメや体罰の問題が度々話題になり、なかなか問題を根絶するにいたらない。文化に根ざした深い問題が内包されていることに、私たちはもっと意識的になったほうがいいのではないか。


★ A 6-Year-Old Boy Becomes a Girl: Do Schools Need New Rules for Transgender Students?
 今から1年前、コイ・マティスは、コロラド州のフォーテインにある幼稚園に通っていた頃に女の子へ「なった」。それまで男の子として産まれ育てられてきたコイだったが、親が用意した男の子らしいTシャツやジーンズ服装を拒絶、幼稚園に持っていく男の子用のカバンを嫌がっていた。コイはチュチュ(下記画像参照)やお姫様のようなドレスを着たがり、髪の毛を長く伸ばし、ピンクのメリージェーンの靴を履きたがった。

「私は女の子よ!」
と彼女(コイ)が両親に話し始めたのは3歳の時。小児科医や精神科医に診察を依頼した結果、両親、特に母親のキャサリン・マティスは医師から、「彼女が自分自身として人生を送るように」と勧められ、最終的にそうすることに決めたのだった。幼稚園が始まって3ヶ月経っていたが、コイは男の子としてではなく、女の子として生きていくようになった。
 幼稚園の職員はみなとても寛容だったため、コイがレギンスのついた服を着たり、女子用トイレに入ることを認めてきた。しかしそれから3年、昨年12月になって、コイが通う予定の小学校校長は、コイが女子用トイレに入ることは許可できない、教職員や障害者用の特別トイレで用を足さねばならない、という通達を出した。
 コイの両親は、己の性に見合ったトイレ利用ができるように、コロラド州が性同一障害の権利を保障した性差別禁止法のコピーを学校へ提示した。学校は頑として認めなかったので、マティス一家はコイを自宅学習へ変えた後、トランスジェンダーリーガルディフェンスアンドエデュケーション財団に支援を仰ぎながら州の公民権保護課に苦情申し立てを行なった。学区がこれに対応して、コイが女子用トイレを利用できるのに、3月中旬までかかった。
(中略)
 6歳ではもちろん、性を変更することは服を変えるくらいに簡単なことであるが、11歳になるとコイは第二次性徴を予防する薬を服用しなければならない。ホルモン治療は、性適合手術の意味するものをコイが充分に理解することができるようになったならば、性同一障害の専門家のもとで16歳から服用することが可能となる。
 彼の両親は、本を読み、性同一障害の子供や成人に会い、コイが健やかに成長するようにその経験がいかせないかを探し求めてきた。1年経った後も、3人の女の子と2人の男の子の代わりに4人の女の子と1人の男の子の親であることに変わりはない。母親は、
「性同一障害の子供を持つだなんて考えたこともなかった」
と語っている。
このニュースに対する人々の反応は次のとおりだ。
"悪いけど、3歳の私の子供が、自分の性を変えたいと考える能力はないと思うよ"

"6歳がなにを決められるというの?"

"私の子供が3歳のとき、ドライヤーが入っていた箱のなかに座って、自分はレースカーのドライバーだと言っていたけどね。だからといってこの子のためにヘルメットと防火服を買いにいこうとはしなかったな"

">>「私は女の子よ!」と彼女(コイ)が両親に話し始めたのは3歳の時。
この理屈ならば、もしも彼女が自分は鳥だと言ったならば、両親は彼女を屋根に追いやることになっただろうね"

"この子が手術を受けるまでは、男だろ"

"どうして教員用のトイレを使用するのが大問題なんだ? 俺は子供のころ、ADA=Americans with Disabilities Act of 1990=障害を持つアメリカ人法)よりも前、障害児と車椅子の子供は教員トイレを利用していた。これの苦情なんて聞いたことがない。教員用トイレは俺たち子供用よりも、大きくて使いやすくて綺麗だったからね"

"男の子は6歳の時には女の子とは違ってるよ!"

"こだわっているように思われたら嫌なんだけど、「彼女」とこの子のことを言っているけれども、まだ男性器を持っているのになぜ「彼女」と呼んでいるの?"

"それなら変態は女性用トイレを使うために自分が女性だと言い張ればいいんじゃないの? 体の構造がトイレのドアのサインと合っているかどうかが重要なんだよ"

"女子更衣室に入ることは俺の一番叶えたい夢だった。どうして俺はこれを思いつかなかったんだろう?"

"どうしてこの親は子供をこんなふうに作り変えようとしているんだ??? この親が子供を混乱に陥れている元凶だとしか思えない。社会福祉と何が関係あるんだ???"

"彼は男の子であって、女の子じゃない。頭のおかしい両親がなんと言おうとね。学校は間違った人間のために新しいルールを適用すべきじゃない"

"この男の子は身体が男性であり(解剖学的に)、遺伝子的にも男性であって(XY染色体は変わらない)、性同一障害で苦しんでいるのに、その解決策が女の子のような服を着せることだって? 信じられない!"

"これは本当に病気だね。こんなことに巻き込まれた6歳の男の子じゃない。親を診察するべきだろ!"

"今じゃ、名前で男性か女性かを区別することはできない。その上外見でも見分けができないなんて"

"私は女子だけど昔は女の子がすきだった。馬鹿馬鹿しい"

"この子がチンチンを持っていれば、男の子だよ。この子は家でこれを教えてもらわないと"

"親が厳しいカウンセリングを受けるべきだね"

"自分は金持ちだ……さあ、どうだ? ダメか"

"6歳の男の子が女の子になる、か。学校は性同一性障害の生徒のために新しいルールが必要なのではないだろうか?"

2013年3月6日水曜日

マクドナルドのチキンが怖い+最近気になった記事 3/6

マクドナルドがなぜあれほど安い牛肉を提供できるのかについては、諸説ありました。ご存知ミミズやネズミの肉を使っているという馬鹿馬鹿しい都市伝説から、廃乳牛の肉を使っているという、まことしやかな嘘まで数多くありました。

結局のところ、世界中の農場と提携して、為替差損益を活用した取引によって、その時々で世界中で一番牛肉が安い国から輸入している、というのがマクドナルドの公式見解のようです。

世界の農場や食肉加工場を設置して、安い食材を仕入れているマクドナルド。しかしリターンが大きい代わりにリスクが高くなるのはこの世の常。質の悪い業者がいて不正行為を働いていても、監視の目が行き届きにくくなりまして、こういう問題が巷を賑わせることとなります。

★ 日本マクドナルドが病気鶏肉を疑惑企業から輸入 安全確認を現地任せ
  これまでのお客様相談室の「中国の仕入れ先は分からない、心配なら購入を控えてとしか言えない」という対応とは一転して、問題の中国河南大用食品グループから一部間接的に鶏肉を仕入れていることを認める内容だ。
 しかし、鶏肉の安全性に関する具体的な質問に対しては実質的な回答はなく、マクドナルドはグローバル基準を持っていて、すべてのサプライヤー(養鶏場や食鳥処理場を含む)が基準を遵守しているので安全だという見解だ。
 しかしそのグローバル基準とは何かについて全く説明がないため、こちらでは何とも判断のしようがない。
マクドナルドの現社長の評判、よくないですね。鳴り物入りでアップル社からマクドナルドの社長へ引きぬかれ、コスト削減や値上げ断行によって、数年前に収益を大幅に改善したそうです。でもそれから数年経ってみれば、時代の変化に追いつけずに対応が後手後手に回り、いつの間にやら収益も大幅に減少し、そのあとはグダグダで、せっかくの改革の成果を自ら潰す愚行を繰り返して、墓穴を掘り続けているのです。

中でも最悪だったのは、卓上のメニュー表の廃止。近視の人間が多い日本で、この措置がどれだけ人々の不快感を高めたことか。
「入店したら頭上メニューをすぐ見ろ」
「注文を事前に選べば列に並ぶ時間が短縮できるだろ?」
「分かったらやれ」
という高圧的態度が、消費者の反感を買いました。

最近では60秒以内にビッグマックを提供できなければ無料というキャンペーンも、粗雑なサービスの温床となって消費者離れを加速させました。私もこの期間にビッグマックを注文しましたが、まあ雑ですね。中身もスカスカでしたし、具材の入れ方もかなり適当。もう少し余裕を与えればいいのに。

それに加えてこのニュースですよ。メラミンを粉ミルクに混入させるような公害をまき散らせている中国に、食品加工を一手に任せてしまうなんて!! ありえません。

もちろん日本でも、50年以上前、食品製造業の「森永」がヒ素を混入した粉ミルクを発売し、大きな被害を乳幼児に与えたことがありました。しかし、中国人のように、メラミンが体に悪いと分かっていながら故意に粉ミルクへ混入させたりはしていません。食の安全という面では信用出来ない中国食品にはできるだけ関わらないよう、注意深く生活していたのに、まさか「ザ・アメリカ」ともいうべき欧米企業のマクドナルドが、中国の悪徳業者に鶏肉加工を丸投げしていたとは……ね。

他の外食産業も怪しいですが、まさかあのマックが、食品業界の巨人であるマクドナルドが、おしゃれで洗練されたCMを大量に流しているあのマックが、環境問題に鈍感な中国で、鶏肉に抗生物質が大量に混入している疑いがあることを知りながら、本社で監視せずに現地任せにしている、というこの事実に驚愕しました。

先述の森永では、当時、今のマックと似たような回答で粉ミルクにヒ素が混入していた事実をはぐらかし事態を沈静化させようとしました。Wikipediaによれば、
森永側が原因をミルク中のヒ素化合物と認めたのは、発生から15年経過した1970年(昭和45年)の裁判中のことである。その際、森永側は、第二燐酸ソーダの納入業者を信用していたので、自分たちに注意義務はないと主張していた(納入業者は「まさか食品に工業用の薬品を使用するとは思わなかった」と証言)。
ということがあったようです。しかし、結局世論の反発に逆らえずに、評判を落としてしまいました。マクドナルドが管理体制を現地にまかせて頬かむりを決め込んでいるというのなら、当時の森永とやっていることは同じじゃありませんか。

このニュースを聞いて以来、気持ちが悪くなり、マックではコーヒーしか飲んでいません。


本日気になった記事はこちら。↓

★ “無法地帯”FC2に情報開示命令
FC2では多数のエロサイトがアップされています。ためしに「エロ アダルト」などの単語で検索してみてください。アドレスに"fc2"と入っているものが多いこと。すなわち違法サイトの温床となっていたFC2に対して、個人情報の開示という画期的な判決がくだされました。

★ 米、大国の地位おりる? 「身の丈大国」へ転換 容認論
歴史上様々な大国が世界に君臨してきました。その中でもアメリカは、うまくやっている方だとは思いますが、それでも大国特有の横暴に世界は我慢を強いられていて、不満はマグマのように低層で流れるようになっています。それが噴火したのが9.11でしたが、いつまたマグマが溜まり、噴火するかしれません。

TPPのゴリ押しにしてもそうですが、アメリカ国内にはさまざまな利益団体があって、超大国という特権的な地位を生かして、なんとか利益を貪ろうと、政府に圧力をかけ続けています。結局それはアメリカへの反感につながり、子孫が苦しむことになるので、自分で自分の首をしめているようなものです。その状況を変えるために、アメリカ自ら特権的な地位を捨ててしまおう、という動きがあるそうです。

★ 鉄オタが子供を取り上げ母親土下座
鉄オタには反社会的な人間が数多くいて、これまでも線路内に立ち入ったり、いろいろな問題を引き起こしてきました。それにしてもこれはひどい。

★ 「JavaはGoogleへ売却すべき」――脆弱性放置のOracleに忠告
この記事を読んで、Javaを速攻で削除しました。しょっちゅう「アップデートの用意が整いました」などというポップアップが上がるので不愉快でしたが、これでもう、余計なストレスを抱えずに済みます。

★ たった1週間睡眠不足の日が続くだけで、700以上の遺伝子がダメージを受けると判明
睡眠不足に気をつけましょう。私も昨日は早めに寝ようとしたにもかかわらず、2時頃までネットをいじってました。いかん。

★ 仕事にモチベーションなんて不要!強いチーム作りが大切
"モチベーション"だとか"やる気"だとかが重要視されて久しいのですが、高度経済成長期には「だからお前はダメなんだ、グダグダ言わずにやれ!」と怒鳴られながらやるのが当たり前だったそうです。そのうちに仕事が面白くなってきて、やがてやる気が湧いてくる、というのが本当の在り方だと筆写は指摘します。

★ 世界の武装ゲリラがトヨタを愛する理由
ハイラックスはとにかく頑丈で、使い勝手がいいのだそうです。安くて品質のいい製品を産み出すのが日本の素晴らしさです。

★ 10秒間の勉強でOK――「野口式『超』中国語読解法」のマジック
中国語は規則性があり、共通語彙が多いので、10秒程度の操作をほどこせば日本語として通じる、という記事。こんなん当たり前だろ? と思いましたが、意外に外国語だというだけで、中国語を読むことを躊躇している人が多いのかもしれないので、ご紹介します。