古い話になりますが、当時のサッカー日本代表監督のトルシエが、
「日本では夜中2時に、歩行者が赤信号で横断歩道を渡らない。車も来ないのに。そんな国民性を変えないと、サッカーでは勝てない」
と語ったのを聞いた覚えがあります。
社会の無駄なルールに盲目的に従うのではなく、自分の頭で判断しなければならない、ということでしょう。例えば極端な例ですが、ヒトラーが支配していたドイツでは、ユダヤ人をゲシュタポに突き出すことが合法的だったとしても、それは間違いなく「悪」でした。ルールを守ること、遵法精神が必ずしも善ではありません。
車が確実に来ないのはわかっているのに、交通法規で定められているから従うのは無意味でムダだ、そのような日本人の精神は怠慢で害悪だ、というトルシエの主張には、確かに一理あります。
しかし、深夜の赤信号を渡らないことは、本当に無意味でしょうか?
先日、私自身が深夜、左右を確認した上で、いざ赤信号の横断歩道を渡ろうとして、トルシエの言葉を思い出し、ふと歩みを止めました。
深夜1時頃でした。その日は飲み会で、終電まで粘った後の帰路でした。ですから、それほど急いではいません。赤信号でも慌てて渡る理由はありません。それでも、車は通りませんので、横断歩道を渡ったっていいだろうと思い、そこで考えなおしたのですね。待てよ、と。
ここで横断歩道を渡ることは、本当に正しいことなのだろうか、と。
周囲には他人の目はないので、信号待ちをしようがしまいが、非難されることはありません。完全な自分の問題です。そして、自分にとって誰も見ていないところで、それでも社会ルールとして定められたことに従おうとするか否かが、今問われているのではないか? と考えました。
交通法規は少なくとも、無辜の民を虐殺するような悪法ではありません。それどころか、人々を守るための素晴らしい法律の一つです。その法律を破る理由として、他人が見ていないからとか、ムダだから、という理由は果たして正しいのでしょうか?
自分にとってはムダな法律を、バレないからという理由で破り続ける人間は、やがて法律を破ることに鈍感になるでしょう。違法行為に慣れた人間は、法律を守ることもバカバカしくなりはしないでしょうか。
マナーは繰り返すことで身体に染み込みます。同じように、違法行為も遵法行為も、どちらも繰り返せば癖になるでしょう。
深夜であっても赤信号を渡らない、と決意することは、人生の途上にこれから現れる無数の選択肢から、社会規範に従うものを必ず選択していこうという意志の現れの一つとも言えるでしょう。それは、いざというときに、誤った道に進むことを押し留めてくれることでしょう。
だから私は、深夜であっても赤信号は決して渡るまい、と考え、赤信号を渡ることを思いとどまったのです。
そして、トルシエの日本人批判についても、再度考え直しました。
日本で犯罪が少なく、街も綺麗なのは、日本人に他人の見ていない場所であろうと、自分にとって損であろうと、道徳や法律をできる限り守ろうという、社会的なコンセンサスがあるからでしょう。遵法精神は個人の人生の破綻を防ぎ、社会維持のコストを下げる働きがあります。そんな日本に私は強い愛着がありますし、誇りに思っています。
トルシエが日本人を批判するのは勝手ですが、私はこれからも、自分にとって損であろうとも、他人の見えないところであっても、できる限り法を守り続けることにしよう、と考えました。それが自分の頭で考えだした結論であり、私の生き方です。
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