「自制心には限界があるから、無駄に使わないようにすることが大切」
というのは、彼女の核となる思想です。
世間一般の常識とは、少しずれていますよね。
「自制心は、鍛えれば鍛えるほど強くなるから、誘惑に負けない精神力を普段から鍛えることが大切」
だと、私たちは考えていませんか?
禁煙を我慢するために、わざと目につく場所にタバコを置いて、自制心を養う。
ダイエットを成し遂げるために、わざと目に付く場所にお菓子の袋を置く。
自分を鍛えるために、ジョギングをひたすら行う。
……これに似た行動をしたことのある人は、多いはずです。
中には、自制心を鍛えるために、あえて複数の困難を自分に課す癖のある人も多いようです。
でも、ケリー・マクゴニガルはこう主張します。
あなたが困難なことに挑戦したいのならば、あなたの忍耐力は、もっとも重要な目的のためにとっておくべきです。彼女は"The Limits of Self-Control"の中で、ある実験の結果を紹介しています。
101人の喫煙者が、食欲の研究のため、実験室へ集められた。参加者たちは研究者から「これは食欲に関する研究であり、人間がハツカダイコンや新鮮な焼き菓子のような食事の魅力にどの程度耐えられるのか調べている」という説明を受けた。ちなみに、ハツカダイコンとはこのような食べ物で、
このようにサラダに使われるので、名前は知らなくても見たことのある人は多いはず。代表的な生野菜です。
ハツカダイコンはサラダに人気の食べ物とはいえ、そこまで食欲をかきたてるものではありません。
「ハツカダイコンを食べたい!」
「ブロッコリーを食べたい!」
「かいわれ大根を食べたい!」
などという切実な要求を持つ人はあまりいませんよね。
「健康にいいから、食べようか」
という程度の考えでこの食品は食べられています。
それに対して、焼き菓子の魅力はもっと大きなものです。
あの甘ったるいニオイに耐えることは、大抵の人には難しいものです。
喫煙者達は大人ですから、この誘惑に見事打ち勝って、実験中に、
「我慢しろ」
と言われた食べ物をガツガツと食べるようなことはなかったのですが、ただ問題はその後の行動です。
この研究の主眼はそこにありました。
焼き菓子を食べるのを我慢した喫煙者は、ハツカダイコンを食べるのを我慢した人々に比べて、10分間の休憩時間、タバコを吸いにいくケースが大変多かったのでした。
休憩時間のあと、研究者達はスモーカライザー(呼気一酸化炭素濃度測定器)を使って、喫煙の証拠を得るために、参加者たちの呼気を調べた。その結果、焼き菓子のようなデザートを我慢した参加者の喫煙率は54%であり、ハツカダイコンを食べるのを我慢した人の喫煙率34%に比べて明らかに高かった。本来なら喫煙と食欲の間には関係はないはずですが、こと、我慢という点になると、一方を我慢すると、代償行為のようにもう一方の我慢がきかなくなる、というのが人間のようです。
調査結果は、喫煙を我慢させるための他研究の結果と一致した。栄養学をもとにしたカウンセリングやダイエットを含めた禁煙セラピーなどは、単純な禁煙運動に比べて失敗する確率が高いのだ。(中略)もしもあなたが、なにか重要な生活習慣の改善にチャレンジしようとしているのならば、そのことに的を絞り、ほかの習慣改善にチャレンジするのを辞めるべきだ。それは後でも出来るのだから。人間は欲張りで、いったん何かにチャレンジしようとすると、
「せっかくだからこれもやろう、あれもやろう」
などと考えがちです。
資格の勉強を始めたのにも関わらず、
「まずは早起きしなくちゃ」
と考えて早朝5時おきにチャレンジし、それが出来なくて勉強もおざなりになる人はいませんか?
それは、
「勉強すること」
と、
「早起きすること」
という二つの習慣の改善を一気にやろうとした結果である可能性があります。
人間は二つのことを考えられないといいます。
考えているようで、実は二つの思考の間を高速で行ったり来たりしているだけなのだそうです。
チャレンジするつもりで考えたことが、かえって挫折の原因となってしまうのは、皮肉なことです。
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