学生時代、バイト先で知り合った女性はN大学探検学部に所属していました。その大学の探検学部は昔から無茶をするのが当たり前、という風潮があり、女性であっても未開の地に一人で旅行して、その体験を語らなければならないため、卒業探検などはかなり際どいものになるのだそうです。彼女も4年制となり、卒業旅行としてその年の夏から冬の間に「卒業探検」をしなければなりません。彼女が選んだのが、パプア・ニューギニアの未開の地でのホームステイでした。
それは、彼女のオリジナルではありませんでした。信頼する先輩の女性が、2年前にすでに同じ村でホームステイをしており、同じ行程で旅行することを決めたのだと言います。マネしてはダメ、というわけではありませんし、彼女は2つ年上の先輩を尊敬していたため、むしろ同じ探検をできることに、彼女は喜んでいました。
ところが、それを決めて数週間後、今は社会人となったその先輩と酒を飲んでいる時、ある話を打ち明けられたのだそうです。
「〇〇、同じ旅行をするあなただから言うけれども、気をつけて」
そしてその先輩は、当時、現地人にレイプされたことをポツリポツリと話してくれたのだそうです。
私の友人女性は、その話を聞いてショックを受けました。
とはいえ、すでに航空券も用意しており、現地の公的機関とも交渉が大詰めを迎えていたため、今更旅行を取りやめるとはいえません。しかし、不安な気持ちを抑えられず、食事中に母親に、その話をしてしまったのでした。
お母さん、大激怒。大学に乗り込んで旅行を中止すると息巻き、娘はそれに反発。しかし、
「もしもあなたがどうしても行く、というのならば、私があなたの先輩の名前を出してそのレイプの話をして、大学に探検学部を潰してもらう」
と言うのに抗しきれず、結局、旅行自体を取りやめてしまいました。
「大変だったよ。いろいろと」
と話す彼女に同意したあと、私は一言物申さずにはいられませんでした。
「その先輩はひどいと思わない? 直前になってようやく話すだなんて」
私の友人は、それに対して首を振りました。
「別にいいんじゃないの? レイプされてもなかなか他人に言えないよ。それに、レイプを怖がっていたら、女性の行動範囲は狭くなるだけ。それじゃ女性が、自分で自分の首をしめるようなものじゃない。私の友人も、レイプされてもそのことを他人に話している人、ほとんどいないよ」
先輩をあくまでかばう彼女の屈託のない笑顔を見ながら、こう考えました。語る必要のないものは語らないものであり、そして案外ばれないものなのだろう。嘘ばかりをつく人を暴き出すのは簡単だろうが、何かを隠している人を見破るのは至難の業だ。成功譚などと言われるものの中には、隠されていることがたくさんあるのだろう。本に書かれていること、語られることだけではなくて、語られない真実が必ずあることを思いながら、他人の話に耳を傾けなければいけない。
彼女の話を聞きながら、そんなことを考えていました。
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