2013年5月7日火曜日

禅とイマジン 上

脳科学者であるジル・ボルト・テイラー女史の講演動画が、話題となっています。ある朝、ハーバード大学で脳を研究していた彼女は脳卒中を起こしました。その詳細な体験談です。

当時37歳ですが、若くても脳卒中は起きます。決してご老人だけの病気ではありません。

その体験談――そう聞いて、これから語られるであろう内容とは、彼女の苦難と克服の物語だろうと想像するでしょう。高齢化社会では脳卒中は身近な疾患であり、それを、脳の第一人者が体験したからこそ、多くの人々の関心を得ているのだろう、とも予想するでしょう。

でも、そうではありません。彼女が語るのは、もっと心の内面に関わる内容です。

機能が停止したのは彼女の左脳。主に論理的思考を司る部位です。左脳は直線的にものごとを認識し、時間を過去と未来の流れの中で認識します。「現在」という時間は左脳にはありません。

ところが脳卒中のお陰で、彼女は右脳でしか世界を認識できなくなりました。右脳はイメージ、直感を司り、左脳とは逆に「現在」しか理解できません。

右脳のみで世界を認識した結果、彼女が得たものは絶対的な安心感でした。

左脳は言語も司ります。右脳しか使えない彼女は、言葉も満足に話せず、文字も読めません。助けを求めようにも、電話番号すら満足に思い出せません。うろたえて当然のはずなのに、その時の彼女は、ともすれば幸せの中に陥り、救急車を呼ぶことすら、面倒に思えたのだといいます。

自分と世界との境目がなくなり、自分が世界とダイレクトにつながっていて、大きなエネルギーに包まれているのを感じたと言います。それは「涅槃」と呼ばれている心境だったと告白しています。

心を落ち着かせ、「今、ここ」に意識を集中していけば、ある時を境に余計なこだわりから放たれて、すべての苦しみの原因である執着から解放され、まったく異なる世界認識を得ることが出来るようになる……この事実は、古からよく知られています。西洋の修道院、東洋の僧院、あるいは第三世界の呪術師などが、その境地を様々な形で記録に残しています。私たち日本人にとっては、「禅」の理想とする三昧(ざんまい)という言葉が馴染み深いかもしれません。

ほとんどが修行の末、あるいは宗教的体験によって生じるこの境地を、偉大なる神や仏の恩恵だと昔の人々は信じて来ました。ところが、ハーバード大学の脳機能学者の体験談は、それを否定します。

(明日に続きます)

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