佐村河内守が新垣隆をゴーストライターにして楽曲を発表していた「佐村河内事件」。
興味をそそられ、事件をスクープした週刊文春を探し回りましたが、売り切れ続出。3軒目でようやく手に入れました。それだけ反響が大きいのでしょう。
週刊誌には、詳細な事件の概要が書かれていました。下手な小説を読むよりも面白く、引きこまれました。
なぜこれほどこの事件が興味深いのだろうと考えてみました。そして気づいたのが、
「この事件には、面白い物語に必要な要素すべてが含まれている」
ということです。
抜群のキャラクター
佐村河内守は、サングラスを取れば、ご覧のとおりイケメンです。普段は黒尽くめの服を着て、杖をついて歩く、群発性頭痛に悩まされる病弱な人物という謎めいたキャラクター。その実態は、詐欺師。キャラが立ちすぎています。
しかし、プロデューサーとしての実力は本物。出資者を募って演者を集め、著名音楽家の推薦もとりつけます。幾度となく作品をヒットさせ、ゲーム、テレビ、果てはスポーツ界までも巻き込んだムーブメントを作り上げることに成功しました。
「食えない」と言われているクラシック業界に一大旋風を巻き起こした異能の人であることは、間違いありません。
これに対峙する、佐村河内氏の欺瞞性を暴露した男は、斜視の冴えない、朴訥な風貌の人物。
しかし大変な音楽的才能に恵まれた天才であり、日本に1000人しかいないという、現代音楽の第一人者でした。
天才同士のせめぎ合いが、この事件の肝となっています。
謎解きの面白さ
佐村河内氏が詐欺師である証拠は、今から振り返ると、記録の中に数多くあります。優れた犯罪小説は、犯人が分かった後に伏線を確認することが読後の楽しみの一つですが、この事件には数多くの伏線が横たわっていました。
たとえば音楽の専門家は、楽曲自体から、佐村河内氏のプロフィールとの乖離を読み取ることができました。
障害者に身近な方ならば、何十年も耳が聞こえない人物があれほど流暢に話せるわけがない、という確信を得られたことでしょう。
佐村河内氏のことを知るほど、嘘が如実に見えるのです。むしろ、それがバレなかった理由がしりたくなるほど。でも、当時はほとんどの人が騙されていたのですから、これは佐村河内氏の嘘がうまかったのでしょう。
複雑な人間関係
この事件には、多くの人々が関わっています。前述の2人の他に、佐村河内氏と5年来の友人で、NHKスペシャルを作った古賀淳也という人物がいます。1977年、愛媛県今治市生まれ。2002年から7年間、「筑紫哲也NEWS23」や「シリーズ激動の昭和 最後の赤紙配達人」などTBSのニュース番組や報道特別番組を制作。現在はフリーランスのディレクターとして主にNHK「あさイチ」などの情報番組の制作を担当彼は本当に、佐村河内氏の嘘を見抜けなかったのか。
また、義手のバイオリニストである中学一年の大久保美久さん。彼女の一家は佐村河内氏から、脅迫めいた要求をされていました。
佐村河内氏の妻。彼女は果たして共犯者なのか? 彼女の母の告白によりますと、そうともいいきれません。
「娘に『正直に言って。守は結婚後の7年間でいくら稼いだの』と聞いたら、『20万円です』と。がくぜんとした。娘は過労で点滴を打ちながら働いていたこともあるのに、自分は毎日飲んで、遊びほうけて…」
妻には同氏と同じ年の弟がいた。妻と同団地に住んでいた同氏(佐村河内氏)は高校生時代「○○君(妻の弟の名)の友達です。××さん(妻の名)いらっしゃいますか」と突然妻の家を訪ねてきた。後に弟に同氏について尋ねると「そんなやつ知らない」と答えたという。うそをつき妻に接近した可能性があった。さまざまなキャラクターの織りなす人間模様が優れた物語には必須ですが、この事件にはそれがあります。
芸術性
物語を彩るために、たとえばヨーロッパの古城だとか、美術館だとか、芸能界などの華やかな舞台が用意されます。私達が憧れる、手の届かない芸術……この事件は、クラシック音楽界という古典的な舞台で生じており、私達の関心をいやが上にもそそります。そのうえ、彼らの音楽は、たしかに美しいのです。
佐村河内守(新垣隆):交響組曲「ライジング・サン」
Symphony No.1 "HIROSHIMA" (3)
圧倒的な悪役
佐村河内氏のことは、知れば知るほど、ペテンぶりがあらわになります。彼の妻の母によれば、新垣隆に渡した指示書も、佐村河内氏のものではないそうです。同氏が書き、新垣氏に提示していたという18万枚のヒット曲「交響曲1番 HIROSHIMA」の「指示書」についても「テレビで紙を見てびっくりした。あれは娘の字です」と妻が書いたものと主張した。また、佐村河内が堂々と「自分の著作」の表紙に使っていた写真。
これは新垣氏が書いた楽譜であることも、関係者の証言で分かっています。
文春読めば新垣氏=被害者は明白で、本日の会見で彼の人柄は誰の目にも明らかになるはず。ところで関心無くて佐村河内の著作を見てなかったけど、講談社「交響曲第一番」表紙、よく知る筆跡だった。http://t.co/xUGC3amfEg それにしても、こうも堂々と表紙にしてしていたとは…
— 川島素晴 (@action_music) 2014, 2月 5
そのうえ、障害者手帳を詐取する、診察でも(たぶん)嘘を言って大量の薬を手に入れる、弱者を脅迫しようとする、支配しようとするという悪辣っぷり。ここまで圧倒的ですと、感動すら覚えます。
登場人物の根底にある「真摯さ」
ただ、それでも私は佐村河内氏を憎めません。これまでの私のブログをお読みの方は御存知の通り、とことん相手を追い詰めるタイプに私は生理的な嫌悪感を抱くのですが、佐村河内は知能犯ではあっても、粗暴な人間ではないようです。たしかにとんでもない人間です。しかし、クラシック音楽にこだわり、世間を感動させてやろうという情熱は本物ですし、そのためならばなんでもやる、障害者のフリもするし、感動の場をつくり上げるための努力――たとえば曲を捧げるにふさわしい人物を探し当てるために、津波で被害を受けた人々のリストに片っ端から連絡を取るとか――を惜しまない、その情熱は本物です。
また、若い頃には自腹を切ってでも(とはいえ妻の稼ぎからくすねているのですが)、いい曲をつくるための努力を惜しみません。
もう一人の主要登場人物である新垣氏。彼が告発に至った経緯が次第に明らかになってきて、その苦悩が読み取れるようになりました。
師匠である三善晃を守るため、彼の弟子である"みっくん"を守るため、オリンピックで日本代表となる高橋大輔を守るため、日本の名誉を守るため……彼はゴーストライターとして告発することを決意しました。
名誉への情熱、プライド、真実への渇望が、この事件には同居しているのです。
佐村河内氏の楽譜を管理販売している「東京ハッスルコピー」には、文春がこの件をすっぱ抜く前に、こういうメールが届いたそうです。
「(2月)6日発売の文春に私の記事が出ます。そこに書かれている内容は、嘘偽りのない全て真実です。私は罪と罰を受けます。お許し下さい」悪あがきをする犯人が多い中で、潔いではありませんか? 嘘が露見したら、速やかに罪を認めるところも、佐村河内氏の"真摯さ"を示しています。
挫折、そこからの復帰
マンガでは、敵に倒されて、そこから再度復活して敵を倒すことでストーリーが盛り上がりますが、この事件にも、佐村河内氏と新垣氏の「挫折と復帰」が語られています。佐村河内氏と新垣氏が出会ったのは、それぞれ33歳と25歳のときです。佐村河内の方が8歳年上でしたが、この年になっても、不遇をかこっていたそうです。ロッカーを目指して上京したのに少しも目が出ず、毎日飲み歩く日々。そこで知り合った音楽業界の人々に多少のコネはあるものの、何より必要な音楽的才能が欠如していて、成功を望むことも叶いませんでした。
対する新垣氏もまた、かつては早熟の天才ともてはやされたものの、その後は鳴かず飛ばず。音大作曲科を卒業後に得た栄誉といえば、音楽祭で自曲が演奏され、大家である武満徹に「自分の信じる道で頑張りなさい」と声をかけてもらった程度。
非常勤講師として月収数万円に耐えながら、町のピアノ教室やヴァイオリン教室の発表会の伴奏をして、ようやく糊口をしのいでいた状態でした。
この2人がタッグを組んで、いまだに名作として名高い『鬼武者』のゲーム音楽を作り上げて世間をあっと言わせることに成功しました。まさに、挫折からの復帰です。
もちろん、それで得た報酬は、微々たるものでしょう。新垣氏に支払われた収入は雀の涙程度と言われていますが、佐村河内氏が得た収入だって、たかだか数百万円程度のはず。一年の生活費で、あっという間に失われる額です。
そもそも音楽で食っていくことは、今の時代では至難の業です。それでも、彼らは音楽によって、栄誉を勝ち取ることに成功したのですから、彼らの軌跡は「挫折からの成功」と呼んでしかるべきではないでしょうか。
そして、再度彼らは失墜してしまうのですが。
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佐村河内氏の名前や売れるまでの経歴(被爆二世、弟の夭逝など)は本当だそうです。
★ 佐村河内さん、名前と広島出身は本当だった
佐村河内さんは著書の中で、実弟を交通事故で亡くした、と明かしているが、住人によると事実だという。また、横浜市内の佐村河内さんの自宅は、この日も返答はなかった。本当であることがニュースになるのは、この問題の面白いところです。
ネット上には同級生との交歓の様子も載っていますが、同級生の前で、よくぞバレなかったものです。細心の注意を払って、キャラクターを作り続けてきたことが分かります。
これからも、佐村河内氏や新垣氏、虚像を作り上げた人々の実像が、明らかになっていくでしょう。これほど面白い事件はそうそうないので、それが楽しみです。
ただ、明日が都知事選であることは返す返すも悔やまれます。都知事選後のテレビはそれ一色になるため、事件の深堀りがストップしていまいますからね……。
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