中途採用された転職先は小さいながらも安定していた。だから落ち着いて働けると思っていたのは大きな間違いだった。逆に閉鎖的でいびつな人間関係に縛られていて、たとえば、Kという定年間近だが仕事ができず平社員だった60代の人物を、職場全員でイジめ、無視するのである。また、ある50代の女性は、とある天下りの役員が大嫌いで、その悪口を役員室に聞こえるような大声でわざと言う。
「あんな無神経な人間が人の上に立つ? 冗談じゃないよ! あんなやり方でこれまでのうのうとよく生きてこれたもんだ!」
私が焦って、
「◯◯さん、聞こえますよ」
と言っても、
「聞こえるように言ってるんだよ !」
と返されとりくすいまもない。私はその天下りの役員のことが好きだったので、この人間のことをますます嫌いになったものだった。
こうしたおぞましき秩序が気に食わなかった私は、その都度、反抗した。
転職してきたばかりの若手が既存秩序に下手な方法で歯向かったらどうなるか、考えれば分かるだろう。若さのあまり、正義は勝つと自惚れていた私は、やがて職場の女性数人から陰湿な嫌がらせを受け始めた(話しかけても一切無視されるとか、あいつは給料泥棒と書いたメールをわざわざプリントアウトされて回覧されるとか、私がトイレに入っている間に、大声で私の悪口を私に聞こえるように言われるなど、いろいろだ)。
嫌がらせは数年続いた。小さな職場で小声でヒソヒソと悪口を言われ、話しかけても挨拶をしても無視され、それに同調する一部上司から怒鳴られ、役員から評価されると今度はやっかまれて余計に嫌がらせを受ける、物を隠されることなどが続いた。上司も頼りない人間でお局が絡んでいるから助けてくれないのである。きつかった。
そこを離れた後、会社勤めにトコトン嫌気が差して、独立して働くことを決意。メンターと見込んでカバン持ちを始めたボスのもとで働いたのだが、これはまた、別の意味できつかった。
数度の離婚、愛人を常に幾人も抱えており、性的に放縦な人間だった。事務所の事務員を殴る蹴るが当たり前。私の前任者は、それが原因で鼓膜が破れ、一緒に働いていた同僚は首を吊って自殺未遂を図ったが死にきれず、鬱病になってようやく退社できた。私は武道をやっていたことと同僚ほどひどいミスをしなかったせいか、多少はましだったが、それでも首を木刀で突かれたり、興奮すると蹴りを入れられながら怒鳴り散らされたりするのは当たり前だった。
それなのに対外的には大変な人格者として通っていた。マスコミによく登場しており、今でも識者として活躍している。
ボスに、辞めたいと訴えたところ、
「クソが。お前みたいなウジ虫がどんなにクズか、世間に分からせてやろう。てめえが辞めたあと、お前の履歴書に書いている以前の職場全部に電話をかけてやる。『◯◯という人物をこちらで雇っていましたが、この男がどうも信用できませんでしてね。もしかしてオタクの会社で何かしでかしたんとちゃいますか?』と聞いてやるよ」
と、こう脅迫された。
そしてこの男、実際にこういうことを、平気でやるのである。
私をいじめ抜いた前職場たる政府機関の女性陣に、こうした噂を流されるのはあまりに恥ずかしく、それは恐怖だった。こうした私の弱みを、彼は的確についてくる。下手に辞めて、新しい次の職場に嫌がらせをされても困る。私は辞めるに辞められなかった。
穏便にその会社を辞めるのに、数年かかった。
穏便にその会社を辞めるのに、数年かかった。
さて、なぜこうした話を再び書いたのか? 私がそこから脱出した後に考えたことを初めて申し上げるのだが、その内容はひどいものであり、事情を知らないままでは、みながドン引きされるに違いない、と考えたからだ。
私はしばらくの間、彼らにどうすれば復讐してやれるか、そればかり考えていた。
結果、次の3点に集約されていく。
結果、次の3点に集約されていく。
- 暴力による復讐
- 法律による復讐
- 将来の復讐
1.暴力による復讐
政府機関で働いていたとき、通勤ラッシュでやってくる電車を見つめながら、
「駅のプラットフォームから飛び降りれば楽だろう」
と思いつつ見送ったことが何度かある。後年、その頃のことを思い出すたびに憎悪が増した。
暴力で黙らせることを妄想した。
と思いつつ見送ったことが何度かある。後年、その頃のことを思い出すたびに憎悪が増した。
暴力で黙らせることを妄想した。
2.法律による復讐
Tという女性をPTSDで訴えることを考えた。残念ながら私は深刻な鬱病にはならなかったけれども、精神科で、経験したことを訴え、それに今でも眠れないほど悔しい思いがすることを訴えれば、あるいはPTSDと認められるかもしれないと考えた。
彼女たちが私の悪口を言っていた、というのを訴えても「幻聴だ」「頭がおかしい」と突っぱねられるのを懸念して、彼女たちが紙などに残した証拠をゴミ箱からあさって保存しておいたから、証拠はあった。だから、裁判で勝てるのではないか、と考えたのだ。
彼女たちが私の悪口を言っていた、というのを訴えても「幻聴だ」「頭がおかしい」と突っぱねられるのを懸念して、彼女たちが紙などに残した証拠をゴミ箱からあさって保存しておいたから、証拠はあった。だから、裁判で勝てるのではないか、と考えたのだ。
ボスに対しては、打ち合わせのために経費として計上されている食事代のほとんどが愛人との食事代であることを税務署に訴えることとか、労働基準法違反の実態を労働基準監督署に訴えることなどを考えた。
3.将来の復讐
たとえば私が後年、ある程度の社会的地位に登った後に、彼らを社会的に抹殺する……そんな光景を夢見た。
なにかの表彰で私が壇上に上がり、そこに司会者が
「◯◯さんのかっての恩師がここに来ていらっしゃいます!」
と言って、スタッフがドッキリでボスを連れてこようものなら、壇上でこのボスがどれほどひどい人間か話した後、持っていた水を上からひっかけてやる……そんなシーンを妄想した。
あるいは、ある程度の社会的地位を得た上で、彼の取引先すべてに電話をして、
「この男、本性はどんな人間か知ってます? それなのに彼と取引しているんですか?」
と話して彼の信用を根こそぎ奪う、とか。
……こうしたことを考えていたが、今ではそうした気持ちはなくなった。それはなぜだろうか?
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