なかでも中村教授の受賞は嬉しかった。強烈な個性の持ち主が栄誉ある賞を受け取ったことで、大企業が個人を圧迫する日本の現状に風穴を開けるきっかけになればいい。
中村氏のインタビューを観た。
国籍はすでにアメリカだという。徳島弁訛りだった日本語はやや英語化しており、寝ぼけて聞けば英語に聞こえなくもない。英語ばかりで生活しているせいだろう。
ところで、通称「青色LED訴訟」当時、中村氏側の主張に触れることが多かったのに比べ、日亜化学工業側の主張を知る機会は少なかった。今回のノーベル賞受賞を機に検索してみると、日亜化学工業自身が発表した記事がまとめられていたので読むと面白い。
★ 随想 青色発光ダイオード訴訟の帰結 (念の為に、魚拓をとっておいた)
ドメインからして、間違いなく日亜化学が発表したもの。一企業の名前で「随想」を発表するというのは異例だ。しかも個人攻撃にほとんどが費やされていて、とても興味深い。
まず、企業が発表するものとしてはお粗末。校正くらいして欲しかった。7ページ目の第一段落の「日亜主張」の3行目で、「フロリダ大学えに中村氏を……」と助詞が間違っている。それが何年もほって置かれたままなのはいい加減だな、というのが一つ。
ひと通り読んだが、中村氏の功績を否定するための論法の一つが、
「青色発光ダイオードが発明されるまでにはたくさんの先行研究があったお陰。彼の功績はほんの一握り」
というものであるのには笑った。すべての科学的成果は先行研究があってこそ成り立つ。それを言い始めたら、一科学者を称えることは誰もできなくなってしまう。素人が読んでも、日亜化学の主張に説得力が感じられないのだ。なにより科学者へのリスペクトが感じられない。
たしかに、東京地裁が示した604億円、という対価は過大だったと思う。だが、スポーツ選手が何十億という報酬を受け取れるのならば、社会の繁栄に直接つながる発明をした科学者は、もっと報われてしかるべきだ。
ところが日亜は、裁判に勝つために中村氏の功績を不当に貶めようとする。「随想 青色発光ダイオード訴訟の帰結」7ページでは、日亜の主張には根拠を示しているくせに、中村氏の主張にはいっさい根拠を載せないなど、アンフェアな態度で一貫している。
それでいながら8ページには、現社長の「小川英治氏の社長就任」という記載が年表に潜り込ませてある。言外に、小川社長の旗振りで、青色発光ダイオードの量産化を進めたのだと主張しているのだろう。それは逆に、この記事の信憑性を失わせている。社長の機嫌を取るために、この文章は書かれたのか、とかね。
産業の発展は日進月歩、中村氏の最初の功績はすぐに陳腐化してしまったのは間違いないようだが、彼のきらめきがあったからこそ、発光ダイオード研究の爆発的な進化がおこったのは事実だ(ノーベル物理学賞を同時受賞した赤崎氏が、そう述べている)。それを無視して、中村氏を一方的におとしめようとするから、結果的に嘘になり、説得力がなくなってしまう。
それに、日亜化学はそれ以外でもかなりデタラメな企業だ。2006年に偽装請負事件を告発した従業員に「直接雇用する」と約束しながら、その職場を閉鎖して、告発した従業員全員を解雇している。
小川英治社長の指示で、上記のような処遇をしているのは間違いない。卑劣な行動を取る問題経営者の常として、同じ方法を踏襲するというものがある。嫌がらせなどの汚い手段で気に食わない人間を辞めさせようとするのが小川社長の方法だとしたら、中村氏にも同様の圧力があったのではないか、という疑いが容易に湧く。
社長から青色発光ダイオードの「開発中止」のメモが回ってきたと中村氏は主張している。これは、中村氏の権力が強くなるのを恐れた経営陣による、中村外しだったのではないか? あとは、中村氏の研究成果をすべて、後任の研究者のものにしてしまえばいい。
開発中止命令があったとされる期間も、設備申請が認められ、原材料となるサファイアの購入実績等があり、開発中止命令があったはずがない。と日亜は主張するが、それは中村氏以外の従業員に成果を横取りさせるためのものだということと、何の矛盾もない。
もっとも、中村氏にも、自身が日亜から年収2,000万円近くを受け取っていたことなどはいっさい言わずに、「発明の対価は2万円だけだ」とばかり繰り返すように、フェアではないところもある。こうした、自分に不利になることはいっさい言わずに自分の功績だけを語る人間を私はあまり信用していない。この人にも問題はあるのだろう。
それでも、偽装請負をして、直接雇用の約束を反故にする社長の言うことを信用するよりも、中村氏を信用する方が結果的に正しかろう。
中村氏のノーベル賞受賞によって、日亜化学の社長の面子はつぶれた。汚名返上のために背伸びした企業は、たいてい数年以内になんらかの問題を起こすものだ。また何かやらかすんじゃないかな。
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